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バーチャル・リアリティー最前線(後編)(月刊ASCII 1991年2月号9) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

特別企画の「バーチャル・リアリティ最前線」後編をスクラップする。
前編でも書いたが利用法のアイデアは32年前に既にあり、一部では利用もされていたのに未だに広く一般に使われていないのはどうしたものか。どこが馴染めないのか。ゲームなら利用されていてもいいと思う。アニメで良くでてくるゴーグルをかぶってゲームの世界にダイブする。なのに32年も経ったのにこの有様。32年前のバーチャル・リアリティの熱狂ぶり(スクラップ記事での)を味わう。
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リード文をスクラップする。
 バーチャル・リアリティの最前線をお伝えする「サイバーソン」後編では,VRの宣教師ジャロン・ラニアーによる聴衆との質疑応答に始まって,伝説の巨人ウェイビー・グレイビー(?)も登場,そして最後のギブスン+S.ブランド+ラニアー+L.ウィルキンソンの四者討議まで,あますところなくその熱気をお伝えする.そして君もパソコンから,バーチャル・スペースにアクセスできる,Autodesk社のサイバースペース(仮称)プロジェクトの設計思想をお届けする.パワーユーザーを自認するならば,ぜひデスクトップVRに挑戦してほしい。今年'91年はデスクトップVR元年になるかもしれないから.
 リード文から既に「熱気」が溢れている。
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あと5年もすればヤッピーたちも「VRだ」と騒ぎ出すだろう
 ライオンのような髪を振り回してジャロン・ラニアーが会場に現われた.
 バーチャル・リアリティとはこの男の代名詞のようなものだ。1985年VPLリサーチ社を設立し,NASAエイムズ研究所のスコット・フィッシャー・グループからの依頼でRB2システムをビルドアップしたジャロン.
 ジャロン・ラニアーのサイバーソンにおけるパフォーマンスは,会場からの質疑応答~Q&Aの形で行なわれた.
 彼とVPLリサーチ社に関する賛辞の隙間からこぼれる言葉はだいたい決まっていて「なんとかもう少し安くならないものかなあ、あのハード」というもの。たしかにRB2システムをひととおり揃えて日本円にして1500万というのはインディペンデントなプログラマたちにとってまだまだ高価だ.
 サイバーソンでもこの質問が出たが,ジャロンいわく、
「ちょっと待ってくれ。それをいま開発しているところなんだ。マスメディアが騒ぎすぎていて,VRでいますぐなんでもできるかのような印象を与えているけれど、価格の問題も含めて時間がほしい。将来は誰にでも購入できるロー・エンド機種と夢のようなハイエンドの2種類をリリースする予定だから」
 低価格化がVR普及の焦点のひとつであることは確かだ。そしてロー・エンドのVR開発に各社が動いていることもまた付記しておかねばならない.
●別の質問「あなたはVRを使って無意識(潜在意識)とインターフェイスしようとしているのか?」
ジャロン「いや,そういうつもりはない.あくまで意識上のコミュニケーションだ」
●別の質問「あなたはVRを楽器のようにたとえるけれども,VRで楽器を作るつもりか?」
ジャロン「たしかに私はVRを産業機械ではなく楽器のようなものだとたとえる.そしてVR楽器のことも考えている」
●別の質問「VRの魅力の虜になって中毒になるのを恐れているんだけれども」
ジャロン「その質問もよく受ける.だけどVRの世界では交信者はクリエイティブなんだ。二十世紀ほど,マスメディアによる1Wayコミュニケーションが発達し強大な権力を持った時代はない.近い将来,VRもふくめ電子テクノロジーの発達と普及によってコミュニケーションは2Wayに戻っていくだろう」(これはジャロンの持論。現在のアメリカの1WayTV漬け状態のほうがよほど不自然で不健康だといいたいらしい)
●別の質問「SEXに関する質問は?」
ジャロン「そらきた。その答えは自分で考えてくれ。とはいえ,2日前もあるポルノ産業から問い合わせの電話がかかってきた.VRを使って新たな強い刺激のポルノができないだろうかって.だけどポリゴンで作ったポルノガールを使ってたとえ高解像度だとしてもその作品を観て人は興奮するだろうか?よく考えてみてほしい。どんなに解像度が上がってもVRがフィジカルな現実のセックスに勝るとは思えない」
●別の質問「早創期のVRは映画『ブレインストーム』に出てくるヘルメットのようなものだと聞いたけれども,洗脳の危険はないんですか」
ジャロン「映画の『ブレインストーム』はVRとだいぶ違う.RB2システムは体験を意識の外界に戻すように心がけている。対して,『ブレインストーム』はイナースペースへの旅だ。そこが違う」など。そして
「VRは騒がれているようでいて、実は狭い範囲の人たちの中で騒がれているだけではないか」
との質問に,
「この動きは確実に広がっている。特にクリエイティブな仕事に携わる人たちがとても興味を持ってくれている.動きはさらに広がって,あと5年もすればヤッピーたちも僕らに加わってくるだろう」と自信満々に答えた.


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註1 会津泉氏(ネットワーキングデザイン研究所)の指摘によれば,VRが目指すのはリプレゼンテーシヨン(Representation/表現,描写)かサブスティテューション(Substitution/なにかの置き換え)かという議論があり、多くのアグレッシブな論客はリプレゼンテーションでなければVRは意味がないという.VPL社のデモで,それまでダンスを踊っていた女性がいきなりRobster,つまりエビになるというのがあるのもサイバースペース上のミューテーション(変異)として興味深い。また,ここでいうウィアードとはクリエイティブなソフトウェアに対する軽い意味で使っている.じっさい,オートデスク社はウィアード・サイエンスというボードのカンファレンスを開催したことがある.人間がエビに変異するデモをしてウィアード・サイエンスといわずしてなんと表現しようか.

Reality Build for Two
 ジャロン・ラニアーに会った人間が必ず持つ感想だが、彼は頭の回転が異様に速い。質問者の意図を見越して先に答えを話し始める。その風貌と合わせて,JLなくしてVRはここまで騒がれなかっただろうと思う.
 また筆者は,肯定的なニュアンスも含めて,VR,特にジャロンのRB2システムにウィアード・サイエンス(魔術的科学→註1)の要素を感じる.
 サイバーソンの翌日、会津泉氏をはじめ一行はジャロンと会食をともにした.メキシカン・フードのレストランでジャロンが話したところによれば,彼の父はラジオの放送作家や雑誌のライターや作家めいたことをしていた.コンサート・ピアニストだった母が死んだショックで幼少期の彼は自閉症ぎみになった。他人と会話することに苦痛を感じていた彼はコミュニケートのために楽器を演奏するようになった。
 ダイナブックのアラン・ケイもミュージシャンだったことと重ねて,ある種のコンバイン[細かい部品を集めて機械などを組み立てること]が得意なエンジニアは楽器奏者に近いのではないかと思える。つまり分析や解析よりもゆるい統合化が得意で,機械の使用法を楽器の奏法のように考えるのが得意な人々というか.楽器は多彩な表情を持つマンマシンインターフェイスだと逆説的にいうこともできる.
 そして幼少時の体験が,ジャロン・ラニアーをVRの開発に向かわせた.それは,さらにRB2システムの略称を聞いてみることによってより明らかになる.

Reality Build for Two.
(2者のためのリアリティ構築システム)

 このシステムはスタンドアロンで使われることを最終的に良しとしない,コミュニケーション志向/ネットワーク志向のマシンなのだ。
 画像情報を送る社会的な通信インフラがまだ登場していない現在,単体で使われるだろうが(→西新宿松下電工ショウルームのVRシステムキッチン疑似体験システム),日本とアメリカの文化やメンタリティの違いのせいか,私たちはよほど注意しないとRB2が2Wayコミュニケーションの機械であることを見落としてしまいがちである.
 いずれにしろ,リアリティ・ビルド・フォア・ツゥという言葉は,それだけで美しいといえるだろう。インナースペースを抱えて籠る性癖のある,おたく傾向を持つ筆者は,まずこのネーミングにジャロンの純粋だが奇態なコミュニケーョンへの願望を感じてしまうのである(山あらしのジレンマ→註2).
 現在VPLリサーチ社はVRを使った教育用ソフトを開発中とのこと。元自閉症児で,闘争世代のあとを追いかけ,理想の学園の実現を求めてアジテーションを繰り返してきたジャロンのことだ。マイノリティやハンディキャップドの子供たちのためのVRシステムをきっといつか構築してくれるだろう.そして登校拒否やドロップアウトが減少することを願う.


註2 山あらしのジレンマ。グレゴリーベイトソンによって命名された.接近しようとする2匹の山あらしがお互いのとげで相手を傷つけてしまうのになぞらえて,接近する人間2人が度を過ぎるとお互いの自我を傷つけて望まないようなトラブルを起こしてしまうことのたとえとして用いられるコミュニケーション理論。筆者はジャロンのいうVRのイメージから,山あらしのジレンマを起こさないための電子的緩衝を連想する.

見本市ではないが,しっかりした展示に黒山の人
 さて、会場の様子に触れると,メインステージで大きなプレゼンテーションや討議が行なわれ,それとは別にもうひとつ小さめのメイズ・ステージでより技術的な絞り込んだ討議が行なわれる.
 前回の記事でいえば,ウォーレン・ロビネット,トム・フォーネス,スコット・フィッシャーらはメインステージ。3Dサウンドについてのディベートがメイズ・ステージである.
 会津泉氏と朝日新聞服部桂記者の「日本におけるバーチャル・リアリティ」なる報告もメイズ・ステージで行なわれた。ひとりでは全部見られないという考えようによってはもったいない趣向だ.
 出展企業を拾ってみよう.
 オートデスク社,Sence8社,VPLリサーチ社(バスでレッドウッドまで直行往復)のVR先行ご三家.
 スティーブン・ベックとラピス・テクノロジー社のホストフォトロン,
 ティム・オーレンとAppleマルチメディアラボによる教育用マルチメディア,Guide3.0の展示には,Macintoshユーザーが真剣なまなざしで集まっていた.
 クリスタル・リバー社の3Dサウンド,コンヴォルヴォトロン.
 スティーブ・タイスとSimグラフィック社によるフライング・マウスとバーチャルワークベンチ,フライング・マウスとは,文字どおり空中でマウスを動かすと三次元データが入力されるというデバイスで,会場での評判も良かった。
 カナダのビビッド・エフェクト社によるビデオ仮想環境装置マンダラ・システム.これはマイロン・クルーガーのビデオアートをハードウェア化したような仮想環境ビデオシンセサイザ.
 ランディ・ファーマーとチップ・モーニングスターによる富士通HABITATの実演と講演。
 フェイク・スペース・ラボというグループによるテレプレゼンス+ロボティックス寄りのVRイクイップメント(写真1).ゲーム寄りには,注目の仮想環境的ビデオゲーム,アタリ社のハードドライビング(衝突すると空中目線になる.シンセティック・エクスペリエンスだ),アタリ社Lynxシステム,ルーカスフィルシム社のボールブレイザー(ゲームデザイナーのデビッド・フォックスは現在トッド・ラングレンのユートピア・グロクウェア社からフロウ・フェイザーという眼のための音楽ソフトを出している),ブロダーバンド社U-フォースなどが出展されていた.
 いわゆる商品見本市ではないのに,サイバーソンの問題意識の高さに触発されたのか,VRを盛り上げていこうとする企業の積極的な展示が目立った(写真2,3).
 また,ホールアースのブース,正確にはポイント・ファウンデーションのブースには,ブロダーバンド社より販売されているCD-ROM版ホールアースカタログや書籍,季刊ホールアースレビューが並び,聞き慣れたしわがれた老人の声に振り返れば,ホールアースの若いスタッフがCD-ROM版ホールアースカタログのW.S.バロウズの項を引き出して朗読を再生しているという具合。
 またノンプロフィット(非営利)のアート・サプライヤーであるARTCOMがマーク・ポーリンとSRLのビデオをかけ,ホールアースの電子ネットであるウェル(THE WELL)が常設でフォーラムを開いていた.


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深夜になると状況は一変Wavy Gravyって誰だ
 圧倒的な情報量と熱気,混乱もなく進む進行ぶりに,ホールアース研究所の底力を見る思いがしたが,こんなものではすむわけがない。もっとホールアースらしさがだんだん出てくるんじゃないかと思って待っていた.
 あんのじょう,ジャロン・ラニアーの質疑応答あたりから普通のカンファレンスではなくなってきたが,いくつかの討議を経て深夜を迎えると様子が一変,アンダーグラウンド・パワーを見せつけられた。
 絞り染めの衣装に豚の鼻をつけた道化師のような男が現われ,バンジョーのような楽器を奏で、おとぎ話を朗読する.彼はWavy Gravy(ウェイビー・グレイビー)といってヒッピー・コミューンの草創期にホグ・ファームという農場を作った伝説の男(写真4).
 日本では,文化史的にもあまり紹介されていない人だが,西海岸では有名人のようだ.
 アップル社のドキュメンタリーとして評価の高いフランク・ローズ著『エデンの西』という本にも彼は登場する.「ウェイビー・グレイビーとそのサイケ文化の一隊がホッグ(豚)ファームの根拠地を持っていた'60年代にはロスガトスはちょっとかっこいい町だった」(『エデンの西』下巻4ページより)
 これは日本に帰ってきてから,なにかを調べるためにななめ読みしていて,偶然発見した箇所だ。西海岸でなにが起こっているのか,コンピュータとサブカルチャーのあいだでの振幅の歴史は,この日本でうまくリンクして紹介されていないようだ。
 ウェイビー・グレイビーに続いて,グレイトフル・デッドの詞を書いているジョン・ペリー・バロウという男が登場.この人,件(くだん)のコンピュータ・カルト雑誌『MONDO2000』(写真5)でジャロン・ラニアーのインタビューをしているのだけれども,最近はVRの本を書こうとしているようだ。
 そしてティモシー・リアリーも登場。TLは人的交流の人で,スチュワート・ブランドはじめみんなに謝辞を述べたりするものの特に新しいことはいわなかった.しかし人気は高く,VRの盛り上がりをバーチャルに支える,背徳のアンダーグラウンド・シーンを感じさせた。


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最後にギブスンもまじえ貴重な討議へ
 こうして我々は朝を迎え、午前9時から始まる最終討議を待ったのだ。
"Social and Cultural Implications of VR(バーチャルリアリティの社会的かつ文化的な含蓄/可能性)PartII"
 出席者はスチュワートブランド,ウィリアム・ギブスン,ジャロン・ラニア-,ローレンス・ウィルキンソンの4者。スチュワート・ブランドは「ホールアースカタログ」を始めた伝説的編集者でMITメディアラボを取材したルポ『メディアラボ』の著者としても有名である。ウィリアム・ギブスンは作家.『ニューロマンサー』の,あの,ギブスンだ。ジャロン・ラニアー,VPLリサーチ社.VRを代表するひとり,となるとやはりジャロンか。
 ローレンス・ウィルキンソンは会場を提供したコローサル・ピクチャーズを代表して登場。
 They did the extraordinary(信じ難い)job!!
のかけ声で,最後の質疑応答は始まった。
ギブスン(以下G):いまは現実の時間と現実の場所だと思うんだけれども,そうだよねぇ。このテクノロジーの速度に僕は驚きを隠しえない。僕はいかなるイマジネーション技術の発明にもかかわるものではないけれども,今日ここに集まった人たちがこの技術を築き上げたんだと思うと,すばらしいと思う.
ラニアー(以下L):なにもいうことはない。何人の人が会場で夜を明かしたことだろうか。さてVRが社会的に与える影響について,質問は?
質問者:ジム・ロジャースと申します。昨夜、ラニアーさんはVRコミュニケーションによってマクルーハンのいうグローバルビレッジ化が可能になるというような主旨のことをおっしゃいました。が,南北格差,農業問題・食料の生産と供給のアンバランスについてはVRテクノロジーはなにか力になるのでしょうか?
L:解決が難しくVRよりも優先すべき問題を我々はいっぱい抱えているといえるでしょう.VRはその解決のうえで生活を楽しむときに使うテクノロジーです.
ブランド(以下B):VRは(映像を通じて人間の意識に強く遡求するという点で悪用すれば)TVと同じくらい悪い影響を与え,(パーソナルなメディアという点では)電話と同じくらい良い影響を人類に与えるでしょう。そしてときに電話より力強い技術,その契機をジャロン・ラニアーが提供してくれたのです.
ウィルキンソン(以下W):VRの娯楽産業や大衆芸術への応用も考えられます。これを使えばこの会場にいらっしゃるみなさんが各々プロデューサーになって娯楽作品を楽しむことも可能ですし,流通業者を抜いてダイレクトに作品に介入していくことも可能でしょう(一種のネットワークインフラを提供し、その後各人のお好みに合わせて差異を演出できるメニューを考えているらしい→映画『トータル・リコール』のリコールメニューを思い出す)。
L:娯楽産業へのキーはVRライブパフォーマーを生み出せるかどうかですね。
B:電話会社が光ファイバー通信網を持ったとき,各人の観念や想念を送る道が生まれるはずです。すべての人のビデオが(電話のようにパーソナルに)すべての人に伝わるという事態。そのとき商業メディアの著作権管理と発行配布の形態も、我々のCD-ROM版ホールアース電子カタログのようになるのではないでしょうか.
G:スチュワート・ブランドさんも以前おっしゃっていましたが,いまうかがったVRの未来像は、現在の私にとってのファクスに似ています。あまり意識しないで電話のように使えますし。きっと未来のVRは,ビデオのイメージを友人に送るとき現在のファクスのような感じで使いこなせるようになるんでしょうね。
質問者:バーチャル電子国家を建国することはできるのでしょうか?たとえばイラクに略奪されたクウェート国民がバーチャル・クウェートを電子ネットワーク上に構築するとか.
B:良い質問ですね。まさに,あなたは解決すべき問題に出合ったのです。
質問者:多くの人々が議論していますがVRが一種の電子ドラッグとして人々を自然な体験と普通の心理状態から遠くに飛ばしてしまうということは……
G:その議論に関しては,私は昨夜のラニアー氏とまったく意見を同じくする者です.VRの危険について論じるときは,インタラクティビティを持たない現行のTVのほうがより大きな危険をはらんでいることも議論すべきだと思います。
質問者:イギリスよりまいりました.GTEの研究所につとめています。今世紀末までにAT&Tと一緒に電子ネットワークを組むのが私の課題ですが,あなたがたホールアースの電子ネットワークであるWELLはどのようにしてあのような広域のネットワーキングを実現したのでしょうか。ご教示ください.
B:フランスのビデオテックス,Minitelをご参考になさってはいかがでしょうか.Minitelの方向に未来があるのではないかと私は思います。たしかにMinitelはセックス情報によって浸透し、当初のハイレベルでの計画立案とは少し違った方向に進みました.しかしそれに比べれば我々のWELLなどまだ3000人のネットワークでしかありません。やがて地球に風が吹き,Minitelのような電子ネットワークが全地球文化を形成するのではないでしょうか.
(質疑応答はこのようにとぎれなく続き,この先の質疑や意見はTHE WELLのうえで続行しようということになった。)
L:OK,分かった。さまざまなシンポジウムを開催し,さまざまなサブカルチャーとともに,ある種の敵視の中を生きのびていこう.

 会場の外は日曜日の正午近く,メインステージの脇にあるドアを開けると光が差し込んでくる。世話人であるハワード・ラインゴールドは,西ドイツの会議に出かけなければならないといって,会場を飛び出していった。西海岸から,アメリカ全土から,世界各地から集まったサイバー・パーソンたちは,こうしてサイバー・マラソンを完走し,ベイエリアのコローサル・ピクチャーズ・スタジオからまたちりぢりに散っていったのだ。


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パソコン・サイバー環境の設計思想公開
 サイバーソンの翌日,シスコからゴールデンゲイトブリッジをわたって,バーチャル・リアリティのもうひとつの震源地オートデスク社のあるサウサリートに向かう.
 オートデスク社はパソコンCADで世界第1位のシェアをほこるAutoCADを制作したソフトハウスだ。このソフトが同社に及ぼした利益は莫大な額にのぼる.そして同社はAutoCADの次世代商品を探して,サイバースペース・プロジェクト(仮称)というパソコン仮想環境プロジェクトを進めている(写真6).
 ランディ・ウォルサー(写真7),同社サイバースペース・プロジェクトの牽引者がパソコン用仮想環境について実に明確に話してくれる.月刊アスキーはパソコン・ユーザーの雑誌であり,VRとパソコンを開発レベルで,またはアプリケーションとして活用しようというパワーユーザーのために,ウォルサー氏のアナウンスを掲載しよう.パソコンVRはすぐそこまで来ている.
 オートデスク社サイバースペース・プロジェクトは,そのラインナップのオフィシャルなアナウンスをまだ行なっていません。次世代AutoCADのアナウンスメントで手いっぱいということもありますが、部分的な製品,たとえば開発ツールの類は,早ければ'91年暮れぐらいから登場するのではないでしょうか.
 まず,サイバースペースのオーバービュー/全体像をご説明します.
 ここでいうサイバースペースとは一種の場所(Place)や空間(Space)のことです.この場所や空間は、物体のSIMULATION BEHAVIOR(シミュレーション・ビヘイビア=ふるまい/行動行為のシミュレーション)を行なうところです.
 このサイバースペース上にある仮想物体は,自律的だったりまたそうでなかったり、両方のパターンがあります。たとえばデータグローブなど入力デバイスを通じて「手」がそこにある場合,この手はたえず三次元座標を現実界から与えられるため,自律的ではないでしょう.いっぽうサイバースペース内で投げられたボールが仮想の壁にあたってはねかえるといったとき,このボールには自律的に運動するためのデータが与えられていなければなりません。
 自律的な動きを与えられた場合,その物体は自分で時間を持つというような設計思想です。つまり外界から動きのデータが与えられるのではなく,そのボールならボール自体が動きのデータを持っているという考え方をとります。さらに個々のシミュレーション環境をより大きなシミュレーション環境が管理するといった設計思想です.
 この環境は,スタンドアロン志向ではなく,きわめて参加型で協力型の設計思想を持ち,その意味で数多くのコンピュータ・ゲームやマルチメディアなどとまったく異なった性格を持つことになるでしょう.
 分散処理型でかつ非常にヘテロジニアス(異種)的な環境を目指し、異なったメーカーや異なったクラスのマシンでも領域を共有することができます。
 以上を実現するためにも,シミュレーションとレンダリングを明確に区別して扱うということがソフトウェア上の重要な考え方です.エンド・エフェクト(最終出力)もオーダーに応じて,コンピュータグラフィックスだったり,またテレロボティクス的なロボハンドであったりと自由に決定できます。
 環境の中ではグラフィックスよりもリアルタイム性が最重視されます.リアルタイム性といっても単純に処理速度の問題ではなく,仮想環境内の物体のレスポンスビリティが重視されるのです.したがってユーザーはそのオーダーのレベルによって,具体的にはたぶんグラフィックスの再現性~解像度やレンダリングシェーディングに要求されるクオリティの問題が最も多いでしょうが,それによって,出力のマシンやエンド・エフェクトを決定すればよいのです。何台かのコンピュータを連結してパラレルプロセッサ方式で高速化を実現してもいいし,サンやアイリスなどワークステーションで受けてもいいし、もっと大きいコンピュータで受けてもいいのです.そう考えていくと非常に大きなプラットフォーム上でさまざまなアプリケーションが可能になります。
 全体構想として,シリーズ化される製品は、まだ正式に発表する段階ではありませんが,第一に,
DECK CONSTRUCTION KIT
(デッキコンストラクションキット)
が必要でしょう.
 基本的なイクイップメントをなににするかまだ決めてはいないのですが,データグローブやアイフォンなど入出力デバイス(ハードウェア)をシステム・インテグレーションされた環境で使うために,最初に必要なキットです。
 続いて,
SIMULATION KERNEL (シミュレーション・カーネル)  サイバースペース上で物体に物理属性を与えるためのソフトです。また,AutoCADの設計思想がそうであるように,サイバースペース上の物体は特定ではなく複数の言語に対応します。
さらに両者の周りに両者をつなぐ,
INTERACTIVE SHELL
(インタラクティブ・シェル)
も必要かと思われます。
LANGUAGES
(ユーザー向け言語)
 ユーザー向けにいくつかの言語も必要です.HyperCardよりさらに自然言語処理に近いいくつかの言語を考えていますが,これはケース・バイ・ケースで,必ずしも自然言語処理的でなくても、要は使う側の状況に応じて便利であればいいと思っています.
PROTOCOLS
(プロトコル)
 サイバースペースの領域を設定/割り当てるためのプロトコルも必要です. SECURITY CALL
(セキュリティコール)
セキュリティのためには,サイバースペース上で誰と出合っている(交信している)のか,またそれが本当に当人なのかをチェックする必要があります。


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現在開発中のカーネルは286マシン640Kbytesで動く
 ウォルサー氏によれば現在開発中のカーネルは286マシン,PC-DOS使用,640Kbytesの環境下で動くという.市場じたいが386マシンに移行していく中で386マシン用にしてもよいが,基本的にはパソコン・ユーザー誰にでも使える/そして共有できる仮想環境づくりを目指すという.
 パソコンで,しかもホビーではなく各種アプリケーションに耐えうる仮想環境が構築できるのか,という当然の問いには,かつてAutoCADがそうだった,と答える。あのときも,パソコンでCADができるなんて誰も思わなかったし,ハードウェアもまたマーケットもなかった.AutoCADというソフトが市場を作ったのだ、と.
 それにハイエンドであってもそれに見合う要求が生まれてくるはずだから,どんなに余裕を見ても資源は不足してくる。逆説的にいえば,どんなコンピュー夕でも資源は不足しているのだ(説得力がある話だと思った)。だったらパソコンからやる,ということらしい.
 要するにAutoCADの成功した要因を踏まえて出発するということなのだが、オートデスク社の会社としての位置付けもまた,AutoCADのときに習って,コンストラクター(ビルの建設業者にたとえて最終的な製品を作る会社)ではなくツール・ビルダー(そのための道具を作る会社)であることに徹するということだ。したがってサードパーティとの共同開発を歓迎し、ともにサイバースペース・インダストリー(サイバースペース業界)を構築していきたいとのことだった。


手作り感覚VRのSence8社
 オートデスク社ランディ・ウォルサーはうわさにたがわぬ切れ者だったが,かと思えばぜんぜん違ったタイプの天才もいる.
 オートデスク社サイバースペース・プロジェクトのもともとのキーマンで,昨年秋にスピンアウトし,自分の会社Sence8社を設立したエリック・ガリクソンだ。
 Sence8とは五感ならぬ「第八感」の意味と,世間をあっといわせるという意味のSensationをかけている.
 ここで,E.ガリクソンはガールフレンドのパトライス・ガルバンドとともに,Amiga,SunSPARCワークステーションでVR,リアルタイム3D,レンダリングのソフトウェアを開発している。第一弾の製品はSunSPARC上で動く“World Tool"で,これは販売可能なものだ(写真8).
 同社はハイテク技術としてのVRにあまりこだわっていない。ガリクソン自身,クリエイティビティを重視するプログラマで,'60年代にフィルムを使って作られた感覚マシンSENSORAMAのモートン・L・クルーを尊敬している.
 ガリクソンの主張は,いくら現在開発中だとはいえ,いま入手できるシステムがRB2だけだというのでは,高すぎて手が出ない。そこでマテル社のパワーグローブなどを使って安価なハード/ソフトを供給していこうというもの。
 営業をふくめ3人でやっているベンチャーだから,現在のマーケットで健闘して資金力をつけてから次世代的な製品を作ろうと考えているのだ。現在,サンマイクロシステムズ社と共同開発をしているという。また日本からの委託にも積極的に対応していきたいと語る.
 また,'80年代Macintosh音楽ソフトのヒット商品と呼ばれたMusicalcを作ったプログラマ,マイケル・ミラーとともに大学教育レベルのマルチメディア+VR教育ソフトウェア・プロジェクトを始めたということだ。


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1991年VRシーンは激動を迎える
 昨年10月初旬のサイバーソン開催からこの月刊アスキーが発売されるまでに3カ月経過したが,そのあいだにもVRはシーンをさらに生み出している。サイバーソンのときにも感じたが,これからVRの開発に向かおうというインディペンデントなプログラマ,エンジニアたちも多い.早くもVR第二世代と呼ばれる連中たちが生まれつつある.
 なかでも,オーストリア・リンツのアルス・エレクトロニカ・フェスティバルからオランダ・アムステルダムに飛火し3月にはヨーロピアンサイバースペース・コングレスなる学会が開催されるそうだ。ヨーロッパのVRやサイバースペースはアメリカや日本など環太平洋ネットワークになんらかの対案を投じてくるのか.
 また,CD-I,DVIといった画像圧縮技術と結び付いたマルチメディア・バーチャル・リアリティ,ビデオ信号で送るVRの登場が期待されるなど,興味はつきないのだ。

 この記事の筆者周辺では燃え上っていたが周辺に延焼はしなかった。細々と燃焼は続いていたという状況だ。
 VRは限定的、局所的にしか利用されていない。NHKの安土城をVRで復元するとかがいい例だ。また商業的には会場に行ってゴーグル、グローブ等を装着して部屋の内部にいるように思わせるとか。高いビルの上にいるように思わせるとか。全然一般的ではない。特別なところでの利用にとどまっている。
 原因はゴーグル等が大げさなところだ。32年前すでに軍では「じつは切手サイズの高解像度ディスプレイが開発され,使われている」とある。
バーチャル・リアリティー最前線(前編)(月刊ASCII 1991年1月号6)
それならもっと軽い、せいぜいメガネ程度のディスプレイがあってメガネにはモーションセンサーが付いていて顔の向きを把握し、服、靴、指等にはシールタイプのセンサーが付いていて動作を感知できるような使用しないときは邪魔にならないようなものが欲しい。
 家庭でもメガネを付けていればスマホでセッティングすると世界のどこでも異世界でも行けるようになるのが一般に広まったと言える状態だと思う。
 現在のVRはかなり限定的だと思う。

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