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J-3100SX,PC386G/S,DualStation386(月刊ASCII 1991年3月号4) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

PRODUCTS SHOWCASE をスクラップする。

J-3100SX CPUに80386(16MHz)を積んで25万8000円。去年の新機種PC-9801NS(98NOTE SX)がCPUに80386SX(12MHz)で448,000円と高かった。
今年のPC-9801NVがV30HL(16MHz)で248,000円。この価格差がブランド力ということだ。
私はMacなら高くてもしょうがないと思っていたが98が高いのは気に入らなかった。
写真をスクラップする。
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PC-386GはCPUに80386(33MHz)を積んだハイレゾの98互換機で75万円。高い。
PC-386SはCPUに80386(25MHz)を積んだ98互換機で49万8000円。PC-9801RA21と同価格だが、これもやはり高い。
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98とIBM PCの互換機。これ必要だったか疑問だった。パソコンユーザはもう98を持っていることが前提で、IBM PCも使いたかったもう1台買えばいい。この時点で98を使っていない人は初めてのパソコンだろうからこの互換機は向いていない。昔の情報源は知人とパソコン雑誌だから初心者が買うようなマシンではない。
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まとめ部分をスクラップする。
 98とATがひとつになることのメリットはさまざまな局面が考えられるだろう.たとえば,日常の業務ではATモードでLotus1-2-3 Rel.3やAutoCADなどを使い、必要があれば98のワープロで日本語を印字する,といったように,それぞれのモードで使いたいソフトがある場合,マシンを2台用意するという無駄を省くことができる.ホビーユースなら,わずかな追加投資でVGAベースのゲームを楽しんだり,Windows3.0を導入したりできるのが魅力だ。ただ,98用の拡張カードが使えないため,98としてのAV方面の拡張はあきらめなくてはならない.16MHzの386マシンの相場は,98ならFDDモデルで30~40万というところだ。DSは,ほぼその価格帯(38万9000円)ATとしても使えるわけであるから,明らかに割安である。
 もっとも98としての利用が主なのであれば,PC-386Mなどのほうが割安だし,入手もしやすい。また,本体の大きさも要注意だ.DSは底面積で98RAの1.32倍,体積では実に1.55倍と、「立派な」ATのボディであり,狭い机では威圧感がある.それに,拡張スロットのことを考えると,98互換機としては多少中途半端といわざるを得ない.HDDとメモリが増設できるため,ビジネス向けにはLANを除いてほとんど支障はないだろうが,IBM PCを持つ必要を感じないのであれば,日本電気やエプソンの98(互換機)のほうが小さく,実績もある.
 しかし,日本アイ・ビー・エムはIBMDOS J4.0/V(通称VGADOS.VGAの画面に日本語を表示するデバイスドライバ)の市販に踏み切り,OEM供給も推進するとしており,IBM PCの将来性は無視できないものになってきた。日本語などの各国語が,MS-DOSの1つの環境として世界共通に利用できるようになってくるとなれば,一挙にPC互換機が日本に流れ込んでくる可能性もある.そうした交替劇を見越す,あるいはPCとしてさまざまな拡張をして楽しむ(XGAボード,マルチメディア関連機器など)人には,1台で2度おいしい理想のマシンになるかもしれない。あるいは,ATのゲームも遊んでみたいというくらいのつもりにしても,他社の98互換機との価格差がわずかであることを考えると,心動かされる製品であることは間違いないだろう.
(野口)

 Lotus1-2-3 Rel.3やAutoCADなどを使い、必要があれば98のワープロで日本語を印字する,」を1台で切り替えてやる方が無駄だろう。私は以前からずっとシングルユーザマルチマシンが望ましいと思っていた。なんといってもマシンが非力だった。席を移動して作業した方がよっぽどいい。
「ホビーユースなら,わずかな追加投資でVGAベースのゲームを楽しんだり」そこまでしてしたいゲームがどれだけあったか。専用のゲーム機の方がいいだろう。98や88の美少女ゲームの方がいいと思う。記事は無理やり感の理屈いわば屁理屈が目立つ。
「心動かされる製品であることは間違いないだろう.」いや間違いです。
 将来のソフトを見据えてマシンを買うのは間違い。ソフトが出てから、買うのが正解。

長期ロードテストでダイナブックの記事があった。
J-3100SS
第7回:真冬に野外で使えるか―バッテリ・液晶は大丈?

 ノート型コンピュータの利点は「手軽に持ち運べ,屋内野外にかかわらずどこでも使える」ということに尽きる.すなわち,環境の安定した室内の机の上だけではなく,夏の海岸であろうと冬のスキー場であろうと,使いたいときに使えなければいけないのだ。
 とはいうものの,コンピュータは電子部品を多用した精密機器である。マニュアルなどに動作条件の範囲が明記されているように,ヘビーデューティな環境では使えないとされている.もちろん,ノート型コンピュータに水深100mまでの防水機能や、「象が踏んでも壊れない」ほどの強硬さを求めてはいない。
 しかし,冷房のない酷暑の室内や,真冬の野外公園ぐらいの環境では安定して動作するべきではないだろうか?欲を言えば,入浴中にだって使いたいぐらいなのだ。せめて,摂氏0~40度の気温範囲では動いてほしい。

真冬の山林でDynaBookを使う
 J-3100SSのマニュアルには「使用温度5~35°C使用湿度30~80%」とある.動作温度とは書かれていないが,この条件内であれば使えるはずだ.もちろんメーカーの東芝でも,DynaBookの開発に先駆け,多項目の動作条件テストを行なっていることだろう。しかし,そのデータはまず公開されないだろうし、実際の状況でどうなのか,ということがユーザーとしては一番気になる.普通のユーザでも、冬の厳寒期に野外に持ち出して使うことが1度や2度あるかもしれない.冬期の野外におけるDynaBookの動作試験をコンピュータの各部の温度を測定しながら行なってみた.
 動作試験の場として採用したのは,東京・練馬区のとある雑木林である(写真1).林といっても,住宅地の真ん中に公園として整備されている所だ。都会の標準的な冬期の低温実験地としては最適だと判断した.試験に持ち出したのはJ-3100SS本体と1月号で紹介した小型温度計,それに,野外の寒さに人間がまいらないようにと使い捨てカイロも持参した.


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 今回の試験に当たって,事前に最も心配だったのが低温によるバッテリのパワ一不足である.J-3100SSの内蔵バッテリは,ラジコン模型などに多用されているニッケルカドミウム(ニッカド)充電池である.この充電池は温度によって特性が変動し,低温下では出力が既定値よりも低下する.J-3100SSには,メインバッテリ,レジューム/バックアップ用内部バッテリ,各種設定保存用バッテリと,ニッカド充電池を3個も内蔵している(写真2)。万が一,試験時に電源が入らないようであれば前出の使い捨てカイロでメインバッテリ部分を温めることにした.

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 また,表示ディスプレイ部の液晶パネルにも低温環境での動作に不安が残る.電圧をかけることで液体中の分子配列を変化させる液晶物質は,温度でもまた,その状態が変化するからだ。その昔,液晶表示のデジタル腕時計が全盛だったころには,真夏の炎天下で時計の表示パネルが真っ黒に変色してしまうことがあった。DynaBookの液晶パネルも高温では同じようになることが予想されるが,低温ではどうなるのだろうか?
 さらに,内部メモリの動作状況やフロッピーディスクドライブの動作部分の潤滑性,テスト終了後に地下鉄の電車内に持ち込んだときの結露も気になる.いったん内部の金属部分などが結露してしまうと,外部気温と馴染むまで2時間ほどは使えなくなるという。せっかく瞬時に使用状況を再現するレジューム機能も無駄になるし,ともすればハードRAMの内容さえも破壊されるのではと心配だ.野外から屋内に持ち込んだ際の状況もレポートしてみよう.
 試験前のJ-3100SSは,(1)メインバッテリをフル状態にまで充電,(2)RAMカードスロットには容量1Mbytesの純正RAMカードを挿入(3)ハードRAMにいくつかのアプリケーションをインストール,(4)レジュームONの状態で持ち出している.

摂氏3度程度ならば,動作になんの問題もない!
 当初,試験時間を昼間に設定していたのだが,暖冬のため外気温が摂氏約10度にしかならない。しかたなく,この摂氏10度の時点で1回目の試験を行ない,2回目の試験は、摂氏3度前後にまで気温が下がった深夜を狙って行なった.
 J-3100SSの温度測定部位は,メインバッテリの上部,本体内部のRAMチップ,CPU(80C86),液晶ディスプレイ前面の計4カ所に設定する(写真3)各部位の測定時には,体温が温度計に伝わらないよう注意してセンサーを貼り付け,それぞれの箇所で約1分間測定し,温度表示が安定した後に値を読み取った.


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 試験開始前には,コンピュータを外気温と同等に冷やすため約1時間公園のベンチの上に放置し,その後電源を投入。RAM/FDD/CPUアクセスを行なう簡易プログラムを実行させながら,10/20/30/60分後の各部の温度を測定している。
 試験結果を図1,2に示した.試験開始時の外気温は昼間で摂氏9.7度,深夜で同3.2度であった.


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 J-3100SS各部の温度は、
(1)バッテリ:昼間10.1度/深夜3.1度
(2)CPU:昼間10.5度/深夜4.2度
(3)RAM昼間10.5度/深夜3.7度
(4)液晶部:昼間9.8度/深夜2.9度
となっていた.液晶部にくらべて各部の温度が若干高いのは,レジューム/RAMバックアップなどで微弱な電流(約10ミリA程度)がバッテリから各部に供給されているからだろうか?
 電源投入後,測定部位の中でも特に温度上昇が著しいのはCPUであった。昼間の試験においては開始直後の摂氏10.5度から1時間後の同22.0度まで10度以上も暖かくなり、深夜試験時には同4.2度から同12.0度までと約7度上昇している.かなりの電気的パワーが消費されているのだろう。逆に温度変化が小さかったのは液晶ディスプレイだ。バックライトも電力消費の大口なのだが,ELパネルの「電気→光」変換の高効率と,直接外気に接していることが影響し,温度変化が小さかったのだろう.
 温度測定中の簡易プログラムの実行については,2回の試験中ともまったく問題がなかった.Dhrystoneベンチマークの結果も室温使用時と変化がなく,RAMアクセスにも異常はない。あえて気づいた点を挙げるならば,FDDアクセスの際の音が室内での動作に比べて若干鋭く高音に聴こえたことぐらいであろう.
 懸案であった液晶ディスプレイの反応は,通常の室温での使用時に比べて視覚的に分かる程度低下していた(昼間/深夜とも)。画面をスクロールさせ,新たに表示される文字などを見ると,コントラストがはっきりするまでに0.5秒ほどの時間がかかっている.室温使用時の画面の上から下まで一気に表示されるのとは,明らかに違う。しかし静止画面では,特に見にくくなるなどの障害はなかった.
 また,周囲の明るさによって画面の見やすさが大いに変わることが分かった.直射日光の下では文字とバックグラウンドのコントラストが低く感じ,逆に深夜の試験時ではバックライトが明るすぎ,まぶしく感じてしまう。昼間の試験中に曇天になったときが一時あったのだが,このときは室内なみの見やすさであった.結論を言えば、「摂氏3度ぐらいの低温環境ではJ-3100SSの動作に,まったく問題はない」ということだ.機械よりも人間の指のほうが低温に弱く,キーボード入力が手間取るだけであった.

やはり結露が原因か?ハードRAM内容の消失
 昼間の試験が終了し,編集部に戻ったときである.途中の地下鉄電車内(気温摂氏16.5度)ではちゃんと動作したので,室内でも平気だろうとJ-3100SSの電源を投入すると,レジューム/ハードRAM消失のメッセージが出てしまった。編集部の気温は,周囲にページプリンタ/CRTなどが多数あるため冬期でも比較的高温の摂氏26度前後である(ほとんど暖房はいらない)。屋外から急に持ち込んだためJ-3100SS内部に結露でもしたのだろうか?
 あわてて電源を切り、約2時間後に再度電源を入れようとするが,今度はバッテリが放電していて電源が入らない。そこのあと2時間充電を行ない,ようやくJ-3100SSは正常に動くようになった。もちろん,いったん失われたハードRAM内容が自然に回復することはない.フロッピーディスクから再度のインストールを行なっている。念のため,本体付属のシステムディスクに入っていたクイックテストプログラム(QTEST.EXE)を動かしてみたが異常はなかった.
 しかし,レジューム/ハードRAM内容の消失の犯人が本当に「結露」かどうかは大いに疑問である.携帯中のなんらかの衝撃や誤動作が原因かもしれない。これをはっきりさせるため,さらなる低温・結露試験を冷蔵庫を用いて行なってみたいJ-3100SSを一般の電気冷蔵庫の冷蔵室に一定時間放置し,その後室温に戻してコンピュータ内部を観察してみようというのだ。

冬期の使用では、結露とバッテリの出力低下は避けられない
 野外での低温試験と同じ条件に設定したJ-3100SSを,摂氏7.2度の冷蔵室に約1時間入れてみた(写真4)。その後,室温に約3分さらし,キーボード部を取り外してRAMチップ部を拡大撮影したのが写真5である。写真では分かりにくいかもしれないが,RAMチップのパッケージや各端子にびっしりと細かい水滴が凝結している.これでは正常動作しないのもうなずける。故障の覚悟をしつつも、確認のため電源スイッチを数回押したが、液晶ディスプレイが一瞬点灯するだけで動作しなかった。約1時間後には正常に動くまで回復しているが,レジュームは無効になり,ハードRAM内容は消え去っていた.

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 やはり,低温下から急に高温高湿度の環境に持ち込んだときの結露は,ハードRAM内容消失やレジューム無効化などの重大な問題を招きそうだ。運が悪ければチップの端子がショートし、修理が必要になるかもしれない。
 冬期にノート型コンピュータを持ち歩く際の注意事項をまとめてみよう。
(1)事前にレジュームを解除し,ハードRAM内容をバックアップする。
(2)収納前には漏電防止のためメインバッテリを本体から取り外す。
(3)保温性のあるバッグに入れ,室内に戻っても急に取り出さず,1~2時間は電源を入れない.
以上のように細心の注意を払う必要があるわけだ。最新の電子技術を満載したカメラやビデオ機器では,プレヒーティングを行なうなど結露に対してもあるていどの対策が施されていると聞く.携帯性に気を使うノート型コンピュータだからこそ,結露対策は取り入れてほしい設計項目と言えるだろう。
 ちなみに,冷蔵庫が使えることで蛇足ながらメインバッテリの耐寒試験も行なってみた。今度は冷蔵庫の冷凍室にバッテリパックを1時間放置し,バッテリパックの端子の出力電圧をテスターで直接計った.
 フル充電を行なったバッテリパックの室温での出力電圧は8.3Vで,冷凍庫に1時間放置した直後では3.5Vに低下していた(定格出力値は7.2V).これではバッテリは機能していないのと同じ状態と言える.冷凍室の温度が摂氏マイナス10~15度ということは,国内でも極寒地ならば珍しくもない気温である。寒地にJ-3100SSを放置すれば,バッテリの機能低下に伴ってメモリバックアップ用電力が不足するとも考えられる。たとえ東京であろうとも冬期にJ-3100SSを長期間使わないときは,常にハードRAM内容消失の危険性が伴うのだ。
 新品の標準バッテリパックをフル充電状態で使えば,ハードRAM内容は約7日間保存されるとマニュアルなどにはある。しかし冬期の保管では,この期間が大幅に短縮されると予想される.電源が取れる場所であれば,ACアダプタを接続したまま保管したほうが,まだしもましであろう.   (池田)

 結露の件。デジカメ、スマホは大丈夫なのか。冬季北国では結露が心配になる。デジカメでは屋外で使うカバーやホッカイロがあるので使用には耐えられようが、急に屋内に持ち込んではダメそうだ。

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ソフト、その他、ロータス企画部部長インタビュー(月刊ASCII 1991年3月号3) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

ASCII EXPRESSをスクラップする。

ロータスの企画部部長の柳沼博幸氏のインタビュー記事があった。
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Lotus社のWindows Excelへの認識が分かるインタビュー記事だった。この頃は1-2-3が負けるとは思っていなかったのだろう。
連載インタビュー 第5回
ロータス(株) 企画部部長 柳沼博幸氏

 表計算ソフトのベストセラー「Lotus 1-2-3」の発売元,ロータス(株)が,ノートパソコン向けに「Lotus 1-2-3/Notebook」の発売を決定した。その価格が3万8000円と,デスクトップ用(9万8000円)の1/3強で提供される点が話題を呼んでいる。同社の価格戦略,ノートパソコン市場の認識,Windows3への対応などについてお話をうかがった。
――3万8000円とは安くなったなという印象を受けますが?
柳沼――ノートパソコン市場というのは,今後も急速に拡大が見込まれます,しかし,実売価格15万円程度のハードウェアに対し9万8000円のソフトというのでは,心理的になかなか手を出しにくい,たぶん本体価格の1/4とか,それくらいではないでしょうか.そういう意味では,かなりギリギリの価格設定をしています.ただ,極端な低価格路線に走ることはありません。ユーザーサポートはもちろん,バージョンアップなども行なう必要がありますし……
――この製品はデスクトップ機では動作しないのですか?あるいは,同じ仕様のものを,3万8000円でデスクトップ機用に出すという可能性はありませんか?
柳沼――おそらく動作するとは思いますが,メーカーとして保証はできません。また,デスクトップ版の発売も,今のところ考えておりません。今回のバージョンは,まず初心者の方にも触っていただこう,そのために,すこし安く提供しようというのと,2台目,3台目としてノートパソコンを使ってらっしゃる方が,出先で手軽にデータ処理をできるようにコンパクトにしよう,というのが目的だからです。
 具体的に削った機能を見ていただくとお分かりのように,まず,マクロ機能がない,アドインができない,プリンタドライバも必要最小限に絞り込んだ,また,画面はモノクロ,グラフの種類も減らした,など,とにかく少ないメモリと外部記憶でもそれなりに動作するようにしている反面,本格的なビジネスには不十分です.これにはやはり,従来のモデルを使っていただきたい.
――ノートパソコンも最近は高機能化が進んでいますが?
柳沼――私たちがこれを企画したときのノートパソコンの定義というのは,初心者の方が使う,というのと、携帯先での利用,ということです.携帯利用ということは,基本的にデータ入力が主な任務であって,そこで凝ったグラフを作ろうとか,レーザープリンタで印字しようというのではないはずです.そういうことは,会社に帰って,あるいは自宅に戻って,そこにあるデスクトップ機で行なうものでしょう.ですからデータの互換性は完全に持たせてありますが,機能は削った部分があるわけです。
 最近ではCPUが80386でHDDも付いているようなノート型というものが出てきていますが,私たちの企画の趣旨からいえば,これらは1-2-3/Notebookの本来のターゲットではないのです.こういうマシンは今後,むしろデスクトップマシンのリプレースとして導入されていくことになるでしょう.そういう環境では,ノートパソコンであっても,従来のフルセット版1-2-3を導入していただいたほうがいいでしょう.
――ノートパソコンは、今回対応された3社(98NOTE,FMNotebook,DynaBook)以外にもありますし、今後も出てくると思うのですが? 柳沼――今回の製品はあくまで第一弾ですし,今後もノート市場へは積極的に取り組んでいきたいと思います.メディアとしてはICカードに注目しているのですが……
FDDベースのものに関しては,今回やったように,基本部分は共通にして,新たにデバイスを追加するだけで対応できるようにしたいですね.今回,ディスク1枚で3機種対応とした点も注目されていますが,本当なら全部こういう形で供給できるほうが望ましいのです.パッケージが1つですめば,製造コスト,流通コスト,すべてにわたって安くできますからね。
――Windows 3への対応のご予定は?
柳沼――Windows 3版はもちろん考えておりまして、現在開発中です.これもできれば全機種共通,Windows 3版Lotusという形でリリースできるといいのですが,Windows間の互換性がどの程度保たれるかまだ分からないので,なんともいえません。
――米国ではMS-DOS版の1-2-3 Rel.3があるようですが.
柳沼――Rel.3は,日本でもOS/2対応版は発売していますMS-DOS版は考えていませんが,それに相当する機能はWindows 3版で実現できるでしょう.Windows 3版は,基本的にはOS/2版をベースに作っておりまして、機能的にはそれ相当に,グラフィックに関してはさらによくなるはずです.米国ではSpreadSheetPublishingということが言われていまして,どういうものかというと,表をベースに,文章やグラフも含めたドキュメントをWYSIWIGで編集するというものですが,そういう用途には最大の威力を発揮するでしょう.

 Lotus 1-2-3はWindowsではExcelに負けてしまった。Lotus社はExcelの威力を甘く見ていたようだ。初期のWindowsではExcelの魅力は発揮できなかったが、Windows95になってからはExcel一色だった。Lotus社は1-2-3の操作に慣れていた従業員にExcelを修得させるコストは払わないだろうと思っていたようだが、何も知らない新人は最初からExcelを使ってしまう。殿様商売に胡坐をかいているとだめだということだ。
 なお、マクロのない1-2-3なんて使う気にもならなかった。

ロータスがノート型コンピュータ用のLotus 1-2-3を発売
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MSが初のMS-Windows3.0(日本語版)対応ソフトを発表
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やっとExcelが日本語版のWinodwsで動くようになった。

ライフボート,RED 2をJ-3100シリーズに移植
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エディタですら機種依存のプログラムでなければ売りものにならなったということ。MS-DOSはタコではなくMS-DOSを動かすCPUが劣っていたということ。

ジャストシステム,一太郎Ver.4をFMRシリーズに移植
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エディタでさえ機種依存なのだからワープロは当たり前だった。

リョーサン,ノート型マシンユーザー向けのFDマガジンを創刊
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32年前の電子書籍だ。

アンテナハウス,HANDY98/PC-9800コンバータソフトを発売
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NECは98という番号を付けて互換性のないマシンを売っていた。買ったユーザは怒らなかったのだろうか。互換性のハンディ機なのになぜ98という番号の付いたものを選ぶ?

米国ハイテク産業の動向の一部をスクラップする。
MacWorldExpo
 さる1月10日からMacWorldExpoがサンフランシスコで開催された。会場は例によって駐車場難のモスコーニセンター.最近米国では不況がかなり深刻化しつつあり,'91年度のコンピュータ業界の売り上げは昨年度の20%減になるとの予測も出始めている.こうなると直接的に打撃を受けるのはやはりコンピュータメーカー.低価格Macを発表したばかりのAppleにとっても,コーポレートユーザーや個人ユーザーの買い控えが予想されるのでかなり深刻だ.Apple社のClassic/LC/IIsiの'91年度売り上げはそれぞれ70万台,60万台,35万台以上とかなり強気の予測がされており,Sculleyは早くもClassicの勝利宣言(?)を出すなど,とにかく景気付けに躍起になっている.
 MacWorldExpoが終了した直後,この記事を書いている最中にアメリカ軍を中心とする例のイラク攻撃が始まった。攻撃前日には,地震で落ちたベイブリッジが今度はデモ隊によって占拠され通行不能になったり,サンフランシスコのベイエリア各地で数百人から数千人規模のデモが行なわれるなど,戦争が近づくにつれ騒然とした雰囲気になってきた。攻撃当日,筆者は所用で偶然バークレイにいたのだが,ハイウェイ80からユニバーシティアベニューへ抜ける出口は数千人の反戦デモ隊がバリケードで封鎖,頭の上は警察や報道関係のヘリコプターがサーチライトをつけて旋回するなど,やはり一方の当事者である米国だけあってこの戦争に対する周りの雰囲気は日本のそれとはだいぶ違うようだ.
 とにかくあまりいい話題が揃っていない中で開催された今年のMacWorldExpoは,さすがにApple社のお膝元で開催されただけあって結構な賑わいを示していたが,内容的にはかなり低調,Apple社がMacWorldに対して特に目新しい新製品を出していない点や,サードパーティのほとんどがバージョンアップに留まった点が主な理由だ。一部で予想されていたバックライト付きのポータブル改良機も展示はなかったし(これはどちらにしてもあまり話題になるというものではないが),わずかにA/UX関係でXWindowのバージョンアップがあったり,イーサネット関連商品をApple社が正式にリリースしたことぐらいだ.

 湾岸戦争(1990年8月2日開始、1991年1月17日空爆開始、砂漠の嵐作戦)が懐かしくスクラップした。
 「地震で落ちたベイブリッジ」これは1989年10月17日カリフォルニアのサンフランシスコで起きた地震で橋が落ちたというもの。同年11月18日に復旧した。サンフランシスコの惨状を見て大地震の怖さを思い出せられた。その数年後(1995年)日本で阪神大震災が起き、高速道路が倒壊するとは夢にも思わなかった。
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Miscellaneousをスクラップする。
Miscellaneous :behind the news
ペルシャ湾でパソコン活躍
 湾岸戦争ではハイテクの武器が注目されているが,大量のパソコンを利用した初の作戦でもあるという。コンピュータは情報収集,交換,保存,表示など無数の仕事に使われており,その多くが市販のハードやソフトだという.サイズはさまざまで,ラップトップからデスクトップ,キャビネットサイズのミニコンまでが米国から輸送された.砂漠の環境は精密なコンピュータ機器にとって非常に厳しいものではあるが,市販の製品がきちんと動作しているという.
 戦略のために用いられているソフトは市販品ではなく,大部分がAdaで書かれており,国防総省は本国同様のネットワークを展開したようだ。
 「作戦で用いられている電話やメッセージシステムさえも,コンピュータでコントロールされている」と,当局側は自慢げに語っているが,開戦前,ペルシャ湾に展開している米軍のパソコン5000台がウイルスに感染したという.
 陸軍のコンピュータ専門家は,サウジアラビアにウイルス感染のチェックセンターを設置。感染経路を調べたところ,ゲームソフトが浮かんできた。砂漠での退屈をまぎらすため,兵士たちは軍のパソコンでゲームをしていたのだ(陸軍側は,非公式にではあるが,コンピュータになれ親しむための手段としてゲームを認めている)。いくつかのゲームは軍の承認を受けたものだったというが,いったいどんなゲームだったのだろう.
 ウイルスを持ち込んだのは,この「承認ゲーム」ではなく,サウジアラビアで安く手に入れられたものだという。そんなゲームのうちのひとつである「Solitaire」はウイルスに侵されていることが判明。作戦への支障はなかったというが,当局者はウイルスを「歩く時限爆弾」と呼び,「ウイルスはコンピュータの機能にとって脅威となり得るものの,ユーザーの教育やきちんとした手段を踏まえることで,その危険は減らすことができる」とも強調する。それはいいのだが,このほかにも,3種類のウイルスが発見されたという.化学兵器が取り沙汰されているが,コンピュータの中ではウイルスが活躍していたわけだ.
 コンピュータと離れるが,今回の開戦で、全米でピザの売り上げが急伸した。ピザハット社の発表によると,売り上げが3倍にもなったという。特に伸びたのがワシントンDCと周辺で、国防総省,国務省,CIAへのピザの配達が増えたのである(ホワイトハウスは入っていないがどうなのかな).カリフォルニアでの伸びも著しいというが,こちらはテレビの戦争生中継に釘付けの人が多いためだろう.

 湾岸戦争が懐かしい。砂漠の嵐作戦では多国籍軍は砂漠の中でもGPSを持っている兵士達が連携して戦えて成功を納めた。しかし、そのときコンピュータウイルスに感染していたとは笑ってしまう。ウイルスには恐れ入りましただ。戦争の生中継があったのも凄かった。まるで映画の中の戦争のようだった。現実味が乏しかった。

パソコンによる地震検知
 地震専門家がサンフランシスコの住民に対して,地震ネットワークに加入するよう呼びかけている。方法は、まずパソコンを所有しているボランティアの裏庭に地震計を設置する.そして,室内のパソコンと接続して,データを取り,電話回線によって研究所のコンピュータに集めるというもの。提唱者のCranswick博士は「ベイエリアには少なくとも10万台のパソコンがあり,その1%でも集中的なネットで結べば,十分な情報が得られる」という.なんとか低予算で情報を得ようという作戦らしい.
 対して,エネルギー省では,カルフォルニアの海底で地震探知をするコンピュータ化された地震観測器を開発したという.なぜエネルギー省かというと,地震に強い石油採掘基地を建設する調査のため。地震予知にも利用されるといいのだが.
 この研究に使うのかどうかは知らないが,CrayComputer社は,NationalEnergyResearchSupercomputerCenterから,16プロセッサのCray-3を初めて受注した。同センターはすでに一昨年4月,8プロセッサのCray-2を導入している(約4200万ドルといわれている)。同社によれば,今年末にCray-3の2プロセッサシステムをインストールし,来年夏までには16プロセッサにするという.Cray-3の完成のためにCrayResearchから独立した成果がやっと実ったわけだ。
 さて,スパコンほどではないが,Intelの高速チップの噂がある。チップの大きさを約半分にし,なんと100MHzで走るようにした80486を開発したという。どうやら,2月にサンフランシスコで行なわれる国際半導体会議で配布予定の技術報告書に記述されている様子である。どうやって高速スピードを達成したかなど詳細は不明だが,興味のあるところだ。

 100MHzの80486?そんなのあったか?スクラップしていくと真偽が分かる。

ゲームとWS
 昨年は,米国経済の停滞や製品の移行,競争の高まりなどが影響して,デスクトップワークステーションの売り上げの伸びが落ち込んだ.Dataquestによると,WS市場は1989年に比べて21.5%増の74億ドルにまで成長したが,1989年には40.3%伸びたのと比較するとこの伸びはその半分でしかない。また,出荷も1989年に40.3%の伸びを見せたのに比べると1990年は33.8%と落ちている。アナリストによると「機種によっては今年に入ってから25%も価格を下げたものもあり,これらの価格低下がWS市場全体の収入を減少させた.しかし,アプリケーションソフトが用意され,製品の移行がおちつけば,WS市場は今後2年間でまた伸びるにちがいない」という(図1).
 ビデオゲームの売り上げは,明らかに伸びたものの,業界が先に出した予測をはるかに下回った。こちらは、不景気と中東危機のためといわれている。ラスベガスで行なわれたCESで,Nintendo of Americaの売り上げは予測の41億ドルを下回り,34億ドルに留まったと発表。NESの出荷台数も予測を30万台下回り,720万台だった.NECやSegaも同様に予測を下回ったという.


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 任天堂はこの時代から米国市場でも強かった。

Lotusが無料でワープロを提供
 1月号でLotus社がAmiの開発元であるSemna社を買収したと書いたが,なんと,1-2-3の購入者にワープロソフト「Ami Pro」を無料で配布すると発表した。このコピーをもらうためには,1月8日から4月30日の間に1-2-3R3.1を買うかアップグレードすればもらえるクーポンを送ればよい.
 日本のパソコン雑誌はディスクを付けるのに忙しいが,米国ではビデオ版のコンピュータ雑誌が創刊される。その名も「PCVision」で,テープはVHS.隔月刊で,CMP Publications社から発刊される.同社によると,長さは1時間で,2万5000部を予定.最先端のソフトとハードのデモや,ラボテスト,インタビュー,業界のホットな話題,特集,広告などを提供するのだという。残念ながら値段がまだ分からないが,いくらならみんな買うでしょうか.
 新手のソフトでは,カオスものが登場。Autodesk社がJames Gleickのベストセラーブック「Chaos-Making a New Science」に基づいたソフトウェア「Chaos: The Softwere」を発表した.磁石で動く振子のダンスやフラクタルによる山や惑星のイメージなどを楽しめる。画像はGIFファイルで出力するので,同社のAnimatorや3DStudioなどで利用することができる。価格は59.95ドルで,EGAまたはVGAを持つPCで動作するという.

 ロータスがユーザを囲い込むのに必死だったようだ。

コンピュータ過多と不足
 サンフランシスコのVDT安全法案が可決し,企業に対して,今後2年間で7600万ドルの出費を強いるのではないかと懸念されている。市長はこの法案を支持はしているものの,経費のことを心配してサインはしていない.
 法案は,調整式の椅子や照明,休憩の方法などを指示しているほか,15名以上の企業では指定に合うシールド,キーボード,机なども用意する必要がある(罰金は500ドル)商工会議所は,企業が他の町に出ていってしまうのではないかと懸念している支持者は,健康障害に対して支払われる額が減り,生産性も向上するだろうという.
 これをバックアップするような発表が,ニュージャージーの労働組合によって行なわれた.それによると,同州内でコンピュータを使用している労働者のうち,半数近くが手や腕の関節になんらかの症状をきたしているという.また,障害を治療するために仕事を休んだ財務省職員が訴訟を起こしているが,州政府は,数百人が殺到することを恐れ,休暇を認めていない.
 この関節障害は,緊張を繰り返すことによって起こるもので米 国の労働者にとっては一般的なものになってきている。連続して同じ筋肉と神経を使うことによって,「つなぎ目から潤滑油を奪い」,しまいには治らないものになってしまうのだ。州側はコンピュータを使う職種に携わっている人に,短時間の休憩を数多くとることを勧めているが,実際それほど多く休憩のとれない職場もまだまだある.
 米国ならどこにでもコンピュータが溢れていそうだが,小学校や幼稚園で教育用コンピュータが不足している.公立学校の95%あまりがコンピュータを導入しているにもかかわらず,生徒たちが実際コンピュータを十分に利用できていないという.
 原因のひとつは、学校がコンピュータを管理業務に使い、生徒たちにまで使用する機会が回らないという点。また,教師がコンピュータについて勉強するには,書籍代などの予算が低すぎるというのも原因に挙げられている.そのうえ,実際コンピュータを教育の現場に取り入れることは,はっきりした目的なしには難しいとしている.先進の米国でさえこうなのだから,日本ではどうなることか.
 学校の話題では,ちょっと古くなるが,年末の話がもうひとつ。テキサス州エルパソで,クリスマスにハイテクサンタが出現し,子供たちとチャットを楽しんだ.これは,エルパソの教師が草案を作ったOnlineSantaProjectという企画で,まず,小学生たちにBBSを開放.「サンタのプレゼント袋」というボードに,サンタへの手紙を入力させた。
 これに返事を書いたのは,地元オースチン高校の生徒たちで,子供たちから来たメッセージにすぐ答えられるよう,いくつかのグループに分かれて常駐していたという.高校生も,メッセージにハイテクっぽい妖精のような名前,Frost-byte,SkippyChips,ClinkeyMouse,NanosecondNicなどと付けて楽しんでいたという。「子供たちとおしゃべりするのはとっても楽しいこと.何でも知りたがるから,わたしたちは夢を創るのを手伝ってあげるの」と,ある女子高生は語ったという。

 「コンピュータを使用している労働者のうち,半数近くが手や腕の関節になんらかの症状をきたしているという」サバを読んでるんじゃないかと思うが、同じ姿勢で仕事をしていると疲れるのは当たり前、パソコンが悪いのではなく長時間作業するのが問題。1時間位したら椅子から離れ体操した方がいいのは当たり前。

ダイナブックのことが書いてあるのでスクラップする。
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フデヨシ&カワラのどこでもいくぞ
日本パソコン百景

(株)東芝 テクノセンタ秋葉原の巻
 先々月号では台湾のショップまで足を延ばした「どこでも行く取材班」だが,意外なことに秋葉原は初めてなのだ。この電気製品のメッカに,東芝が一風変わったショウルームを開設していると聞き、早速たずねてみた.
触られるの大好き
 「テクノセンタ秋葉原」は,ロケットや石丸のパソコン館が入るJR高架下のすぐ近くにある.RupoとDynaBookの2部屋構成になっており,外からもよく見え、明るくゆったりとしたスペースなのでふらっと立ち寄るのにも違和感はないだろう.
 「ここはショウルームではないんですよ」。テクノセンタ長の山田さんが「触る人,大好きです」と書かれたパンフを片手に説明してくれた.おっ,言ってくれますね。「それでもやっぱりショウルームなんでしょう?」などと揚げ足をとってはいけません。東芝では,このテクノセンタを体感ゾーンと位置づけているそうだ。
 実際,DynaBookをはじめとする十数台のマシンが自由に触れるようになっており,ソフトの試用も可能だ。「それだけではありません。優秀なカウンセラーにより、購入,ソフトの疑問。それにプログラミングといった高度な内容まで,即座にお答えできるようになっています」ときた.
 このセンタの特徴は,すべてのデスクに椅子が2脚用意されていること.言わずもがな,カウンセラーと話しながら操作ができるようにだ。この日も,手帳を開き,熱心に質問をする50代と拝察する方がいた。「バックライトはサイドライトと交換できないのか」「copyコマンドで,一度ハードRAMを経由せず。他のディスクにコピーできないか」など,手帳にしたためてきた質問に,カウンセラーの方が親切に対応している.
 昨年の10月にオープンしたセンタには1日約200人の来客がある。最も多いのは,40代の熟年と言われる人たちだそうだ。「20万を切って話題になったDynaBookですが,やはりポンと出せるのは,それなりの方なんでしょうね」と,山田さんは分析する.
 開設以来,試用で人気のあったソフトは「Works」「Windows」,それに年末は「筆まめ」だそう.
 一応,1人2時間の試用という制約があるものの、「実際は,厚いですからねえ,マニュアルが.読んでいるだけで2時間経ってしまいます(笑)」。

マニュアルのいいマシンは売れる?
 センタの目的は,DynaBookをより身近に感じてもらうことだが,実はほかにも目的がある.それは,サポート体勢の強化だ。従来,東芝のパソコンの主な販売先は、企業が中心であった。それがDynaBookの登場で,爆発的に個人ユーザーが増え、いよいよサポートの充実が求められることとなった。
 DynaBookを購入した,あるいはこれから購入するお客さんからの質問は,多くの場合、販売店に持ちかけられることが多いが,販売店で答えられることには限界がある.個人のお客さんの疑問に応えること,販売店がDynaBookを売りやすくすること,この2点がDynaBook普及のこれからのキーポイントになる.
 もともと東芝では,電話によるサポートを行なっている(いわゆるダイヤル3100).電話の会話だけではユーザーとの意志の疎通がうまくいかないこともあったという。「このセンタに来てから,カウンセラーも生き生きしてる感じですね。伝えたいことが伝わらなくてイライラするのは,やはりストレスになるんです」
 持ち込まれる相談には,基本的には全部答えられるようにしている.IBMがオープンにしているシステムの情報にはほとんど答えられるそうだ。ただ,ときには,企業秘密に属する質問まである。たとえば,将来の仕様変更を見越して,公開していない部分などに関してまた「CPUを差し替えたいのだが」などという質問もある。さすがにこれには答えられず,保証を受けられなくなることを説明してお引き取りいただいているそうだ。
 一番多い質問は,プリンタに関して.どこそこのソフトでどのプリンタは使えるか,といったことだ。それに,他社機とのデータ互換性,海外ソフトに関するものとのことだった.
 センタのメリットはそれだけではない.ここで受けた相談は,製品の設計,生産,営業の過程へフィードバックされ,検討されるという.つまり,ユーザーに対してのアンテナの役割もするわけだ。
 「それに、販売店さんから言われるのですが,マニュアルがいい製品は,売りやすいんですよ」と,山田さん.Rupoのマニュアルは,ワープロの中でも1,2を争う出来だとかで,結果として販売が楽なのだそうだ。DynaBookのマニュアルの出来はどうか知らないけれど,山田さんによれば「まだまだ」。センタでのユーザーの声は,当然マニュアル制作にもフィードバックされている.

これがシェアを拡げてきた
 印象的だったのは,みんなきびきび働いていること,そして,かなり専門的なことにまで答えられるようにしている点だ。そういえば,初代DynaBookの街頭イベントで,担当の女性が「でも,いまどき8086ですからねえ」と言うのを聞いて,ぶっとんだことがある.パソコンが好きな,本当に詳しい人を,こういう場所に配置しているのであろう。
 ところで,「ここに来ればどんなものでもある」というふうに,周辺/サプライ用品などもそろっていたらいいな、と思ったら,それはできないとのこと.「私どもはメーカーです.そんなことをしたら,販売店さんから怒られてしまいます」だそうです.

 記事の中のお客さんと私と私の周辺のパソコンマニアとは全然違うものだと分かった。ここに書かれていることは皆雑誌の記事と知人たちとの情報交換で間に合っていた。パソコンに詳しいマニアックな知人が居ないと苦労したもんだ。

フロッピーが懐かしい。今はほんの数枚記念品として保存しているだけだ。自分のデータが入ったディスクは最早ない。
FLUSH REPORT
3.5インチFDのプラスチックシャッター

 最近3.5インチフロッピーディスク(FD)のメディアに,金属ではなくプラスチック製のシャッターを使ったものが増えているのにお気づきだろうか.工業製品一般において,金属部品をプラスチック部品に代えるのは,軽量化やコストダウンなどを主目的とする場合が多いが、3.5インチFDの場合,プラスチックシャッターのメリットはどこにあるのだろうか.
データエラーを防ぐ目的でプラスチック化
 フロッピーディスクは磁性体を塗った軟らかい円盤を回転させ。その表面に磁気ヘッドを接触させることでデータの読み書きを行なっている.磁性体とヘッドの間にほこりなどの異物が入ると,データの読み書きに支障をきたし,いわゆる「データエラー」の原因になる。3.5インチFDのシャッターは,必要時以外には磁気ディスクを外部にさらさないことで,塵によるエラーの発生を防ぐ役割を持っている.
 ところが,このシャッターが左右にスライドするときにプラスチック製のシェルを削り,その削れ屑がディスク内部に侵入することがあるという.フロッピーをどの程度頻繁に出し入れするかにもよるが,本来は塵を防ぐはずのシャッターが,逆に発生の原因になってしまう場合もあるということだ。
 削れ粉が発生する主な原因は,プラスチックと金属の硬度の差が大きいことだ.硬度のほぼ同じプラスチックならば,たとえ摩擦が生じてもお互いを削ることはないというのが,プラスチックシャッターを採用するメーカーの主張だ.
 このほかに,プラスチックは着色や印刷が容易で、美観上有利であることを理由に挙げるメーカーもあるが,この点については,「プラスチック=安物」というイメージを心配するメーカーもあり,意見の分かれるところだ。
 プラスチックは熱や物理的な力に対する特性では金属に劣るという点は確かに否めない。高温下では,一般のプラスチック製品は変形したり,燃えてしまったりする。また、同じ厚みのプラスチックと金属では,力を加えたときの変形の大きさも違う.
 しかし,プラスチックと一口にいっても、硬度,耐摩耗性、耐衝撃性、耐熱性など,目的別にさまざまな特性を持った素材があり、現在でも盛んに新素材の研究開発が行なわれている.業界で最初にプラスチックシャッターを採用した日立マクセルでは,耐摩耗性,加工性,薄くしたときの強度などの点が優れた独自の素材を開発することが,プラスチック化成功の大きなポイントになったという.

成形の難しさなど問題もある
 FDはドライブとは別個の存在ではあるが,使用時にはドライブと一体化する一種の機械部品と見ることができる.このため,一定以上の精度を持っていなければ正常に動作しないばかりか,ドライブに悪影響を及ぼすこともありえる。
 従来,シャッター部分に金属が用いられてきた最大の理由は,加工の容易さにあった。シャッターの部品は,横から見ると高さ3mm足らずの“コ”の字形になっている。これを金属板で作る場合には,平らな板から部品を打ち抜いた後,プレス機で折り曲げればよい.
 プラスチックの場合,金属のようなプレス成形はできない。代わりに,溶かした素材を型に流し込む「キャスティング(鋳造)」という方法で成形をすることになる.しかし,FDのシャッターのように薄くかつ入り組んだものを,精度を保ったまま一体成形するのはかなり難しい.部品を2つ以上の部分に分けて成形し後で貼り合わせる方法もあるが,精密な位置決め,接着後のつなぎ目の処理が必要など,工程が複雑になるきらいがある.
 3.5インチFDの規格自体が,金属シャッターを前提に作られている点も問題だ。強度を保つためにある程度の厚みが必要になるプラスチックシャッターでは,規格ぎりぎりか,見方によっては規格からはみ出してしまう場合もある。
 また,金属シャッターで問題の削れ粉の発生については,切断面の仕上げなどをきちんとやれば、削れ粉の発生は現状のプラスチックシャッターよりも少ないとするメーカーもある。このメーカーでは、プラスチックの帯電で吸着される塵のほうが影響が大きいと考え,あえてプラスチック化を避けているという。
 金属、プラスチックともそれぞれ長所と短所があり,ユーザーとしてはどちらとも決めかねるが,いずれの場合も価格と品質の両立に腐心するメーカーの姿勢は評価に値するだろう.
取材協力 日立マクセル(株)ほか


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メモレックス,磁気テープの不正持ち出し防止システムを発表
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インターネットが無い時代に2100万円もするシステムがあったとはそんなに情報が漏れやすいのか。持ち出しが大変だろうに。コピーして持ち出すのだろうか。

IBMが「DOS J4.0/V」などの製品・技術情報を公開
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やっとでてきたDOS/V











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パソコン、その他ハード(月刊ASCII 1991年3月号2) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

ASCII EXPRESSをスクラップする。

日本電気がPC-9800シリーズの新製品および日本語MS-Windows(Ver.3.0)などを発売
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各種CPUを揃えた新製品でいかにもNECらしいラインナップだ。
80386(20MHz)のPC-9801DA
80386SX(16MHz)のpC-9801DS
V30HL(16MHz)のV30HLのPC-9801UR,UF
やっと80286から脱したか。286と386は同クロックなら速度差は大してなかった。V30HLも同クロックなら大して差は無かったはず。MS-DOSで使うなら386の機能は必要なかった。Windows 3.0で386が有効なのだが、日本語は英語と違う。16×16ドットの日本語を640×400ドットの画面で表示させる理由がない。楽しいか?使いやすいか?また、TEXT VRAMを使って速度を稼いでいたのにGVRAMを使うんじゃ、なんのこっちゃという感じ。このときのWindows 3.0は全く使う気がしなかった。

NCRが80486(25MHz)搭載のハイレゾマシンを発売
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Windows 3.0 を使うならこの程度のスペックが必要だ。

東芝がVGAサポートのJ-3100シリーズ2機種を発売
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J-3100ZXモデル171は80486(33MHz)を積んで215万円。高い!

リコーがMr.マイツールシリーズに386SXマシンを投入
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こういった機械は事業所相手に売っていたのだろうか。

日立が386SX搭載のラップトップなど2020シリーズを強化
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2020/32モデルLは解像度1120×780ドットのラップトップマシンで85万円は何かの間違いではないかと思う価格だ。

ソニーが普及タイプの「パームトップ」コンピュータを投入
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PTC-550が16万8000円。ソニーは良いマシンを出していたと思う。なぜかヒット商品にはならなかった。

日本AMDが低価格な80287互換チップを発売
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数値演算コプロセッサの互換品も需要があった。

日電がコプロセッサ内蔵型のRISCチップVR3600を発売
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この頃の日本の技術力は高かった。

日電がゲート遅延時間10ピコ秒を実現したトランジスタを開発
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トランジスタとか電子回路の世界はピコ秒(10兆分の1)を単位とするようなほど高速化していた。この超短時間を制御することでGPSとかの受信時間の差を検知できるようになって世界は大きく変化した。マザーボードの配線だって長さが違うと信号の到達時間が違うので配線を途中迂回させて時間調整をしたほどだった。

東芝が世界最高の読み出し速度を実現したSRAMを発売
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技術はあったのだがそれを商売というか経営に生かせなかった。だれが悪い?社内の出世競争だけに秀でた能無しで魯鈍な経営者が悪いと思っていた。

東芝,8Mbitメモリ構成の4MbitDRAMを発売
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三菱電機,アクセスタイム150ナノ秒のCMOSマスクROMを発売
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三菱が容量1MbitのフラッシュEEPROMを発売
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三菱電機が厚さ0.5mmの超薄型ICパッケージを開発
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ICMが2.5インチドライブで容量40MbytesのHDDを発売
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テクサがPC-386NOTE A用20MbytesHDDパックを発売
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コンテックがPC-9800シリーズ用のEMSボードを発売
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クボタシーキューブがMacintosh用の画像圧縮ボードを発売
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昔はソフトでなくハードで画像圧縮をした。

アスキーがAV機器用の画面制御LSIを発売
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ロータス,ICカード版Lutsu1-2-3 R3.2Jを発売
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ノートパソコン用にICカードでソフトを売っていた。ハードディスクに余裕がないので需要はあった。

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パソコン広告(月刊ASCII 1991年3月号1) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

もう一度読み返し、スクラップする。

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裏表紙は前号の使いまわし。

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キャッチコピーが「日本語MS-WINDOWS(Ver3.0)登場。98時代は止まらない。NEC」逆逆。Windowsが98を止めた。何を寝ぼけたことを言っているんだという感じ。

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PC-9801DA(20MHz80386)
PC-9801DS(16MHz80386SX)
PC-9801DX(12MHz80286)
とうまく揃えたものだ。職場ではPC-9801DAを入れたが、一般ユーザは安いPC-9801DXを買った人がいた。安いパソコンが欲しいということでPC-9801DXだったが、それならEPSONを買えばいいのにと思った。とにかく98という数字が好きだったようだ。PC-9801DXなんて12MHzの80286だ。私のPC-9801VX2の8MHzの80286と比べ大した魅力は無いだろうと思った。それならNECはV30HLの98を出せばいいのにと思った。PC-9801VHLとか銘打って。NECはなぜ80286をこんなに使っていたのか。安かったのか。80286を呪いつつ使っていた私には理解できなかった。

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川越美和のNECのモデムは前々号の使いまわし

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TOWNSはほぼ前号の使いまわし。

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富士通の電脳遊園地の広告。

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左頁はSONYの電子ノートPalmTop
右頁はIBMのPS/55Zでこのとき初めてDOS/Vが広告に出てきた。DOS/V機が98に勝つのはこの何年後だったか。

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東芝のJ-3100ZXはデスクトップマシン。ノートで調子に乗った東芝がデスクトップマシンも売り出しに来た。

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左頁はEPSONのPC-386 NOTE A, PC-286 NOTE F, PC-286 BOOK

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右頁はCASIOの電子手帳 DK-5500

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Canonのレーザーショット

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CanonのBJ-note

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CanonのNAVIとAXi

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VZエディタの本まで出た。

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左頁はキヤノンのMac Officeの広告。
右頁はPanasonicのPRONOTEで前号の使いまわし。

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NeXT

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マイクロデータの製品群の広告。エコロジー、オーシャノグラフィ、ノストラダムス

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MicrosoftのWorks

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ツクモは越智静香をイメージキャラクターに起用していた。

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ツクモ。パソコンショップでカラーページに広告を載せているのはツクモだけだった。

FUJI FILMのFD
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賀来千香子がいなくなった。

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バーチャル・リアリティー最前線(後編)(月刊ASCII 1991年2月号9) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

特別企画の「バーチャル・リアリティ最前線」後編をスクラップする。
前編でも書いたが利用法のアイデアは32年前に既にあり、一部では利用もされていたのに未だに広く一般に使われていないのはどうしたものか。どこが馴染めないのか。ゲームなら利用されていてもいいと思う。アニメで良くでてくるゴーグルをかぶってゲームの世界にダイブする。なのに32年も経ったのにこの有様。32年前のバーチャル・リアリティの熱狂ぶり(スクラップ記事での)を味わう。
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リード文をスクラップする。
 バーチャル・リアリティの最前線をお伝えする「サイバーソン」後編では,VRの宣教師ジャロン・ラニアーによる聴衆との質疑応答に始まって,伝説の巨人ウェイビー・グレイビー(?)も登場,そして最後のギブスン+S.ブランド+ラニアー+L.ウィルキンソンの四者討議まで,あますところなくその熱気をお伝えする.そして君もパソコンから,バーチャル・スペースにアクセスできる,Autodesk社のサイバースペース(仮称)プロジェクトの設計思想をお届けする.パワーユーザーを自認するならば,ぜひデスクトップVRに挑戦してほしい。今年'91年はデスクトップVR元年になるかもしれないから.
 リード文から既に「熱気」が溢れている。
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あと5年もすればヤッピーたちも「VRだ」と騒ぎ出すだろう
 ライオンのような髪を振り回してジャロン・ラニアーが会場に現われた.
 バーチャル・リアリティとはこの男の代名詞のようなものだ。1985年VPLリサーチ社を設立し,NASAエイムズ研究所のスコット・フィッシャー・グループからの依頼でRB2システムをビルドアップしたジャロン.
 ジャロン・ラニアーのサイバーソンにおけるパフォーマンスは,会場からの質疑応答~Q&Aの形で行なわれた.
 彼とVPLリサーチ社に関する賛辞の隙間からこぼれる言葉はだいたい決まっていて「なんとかもう少し安くならないものかなあ、あのハード」というもの。たしかにRB2システムをひととおり揃えて日本円にして1500万というのはインディペンデントなプログラマたちにとってまだまだ高価だ.
 サイバーソンでもこの質問が出たが,ジャロンいわく、
「ちょっと待ってくれ。それをいま開発しているところなんだ。マスメディアが騒ぎすぎていて,VRでいますぐなんでもできるかのような印象を与えているけれど、価格の問題も含めて時間がほしい。将来は誰にでも購入できるロー・エンド機種と夢のようなハイエンドの2種類をリリースする予定だから」
 低価格化がVR普及の焦点のひとつであることは確かだ。そしてロー・エンドのVR開発に各社が動いていることもまた付記しておかねばならない.
●別の質問「あなたはVRを使って無意識(潜在意識)とインターフェイスしようとしているのか?」
ジャロン「いや,そういうつもりはない.あくまで意識上のコミュニケーションだ」
●別の質問「あなたはVRを楽器のようにたとえるけれども,VRで楽器を作るつもりか?」
ジャロン「たしかに私はVRを産業機械ではなく楽器のようなものだとたとえる.そしてVR楽器のことも考えている」
●別の質問「VRの魅力の虜になって中毒になるのを恐れているんだけれども」
ジャロン「その質問もよく受ける.だけどVRの世界では交信者はクリエイティブなんだ。二十世紀ほど,マスメディアによる1Wayコミュニケーションが発達し強大な権力を持った時代はない.近い将来,VRもふくめ電子テクノロジーの発達と普及によってコミュニケーションは2Wayに戻っていくだろう」(これはジャロンの持論。現在のアメリカの1WayTV漬け状態のほうがよほど不自然で不健康だといいたいらしい)
●別の質問「SEXに関する質問は?」
ジャロン「そらきた。その答えは自分で考えてくれ。とはいえ,2日前もあるポルノ産業から問い合わせの電話がかかってきた.VRを使って新たな強い刺激のポルノができないだろうかって.だけどポリゴンで作ったポルノガールを使ってたとえ高解像度だとしてもその作品を観て人は興奮するだろうか?よく考えてみてほしい。どんなに解像度が上がってもVRがフィジカルな現実のセックスに勝るとは思えない」
●別の質問「早創期のVRは映画『ブレインストーム』に出てくるヘルメットのようなものだと聞いたけれども,洗脳の危険はないんですか」
ジャロン「映画の『ブレインストーム』はVRとだいぶ違う.RB2システムは体験を意識の外界に戻すように心がけている。対して,『ブレインストーム』はイナースペースへの旅だ。そこが違う」など。そして
「VRは騒がれているようでいて、実は狭い範囲の人たちの中で騒がれているだけではないか」
との質問に,
「この動きは確実に広がっている。特にクリエイティブな仕事に携わる人たちがとても興味を持ってくれている.動きはさらに広がって,あと5年もすればヤッピーたちも僕らに加わってくるだろう」と自信満々に答えた.


ASCII1991(02)f02写真NASAエイムズリサーチセンター_W413.jpg
註1 会津泉氏(ネットワーキングデザイン研究所)の指摘によれば,VRが目指すのはリプレゼンテーシヨン(Representation/表現,描写)かサブスティテューション(Substitution/なにかの置き換え)かという議論があり、多くのアグレッシブな論客はリプレゼンテーションでなければVRは意味がないという.VPL社のデモで,それまでダンスを踊っていた女性がいきなりRobster,つまりエビになるというのがあるのもサイバースペース上のミューテーション(変異)として興味深い。また,ここでいうウィアードとはクリエイティブなソフトウェアに対する軽い意味で使っている.じっさい,オートデスク社はウィアード・サイエンスというボードのカンファレンスを開催したことがある.人間がエビに変異するデモをしてウィアード・サイエンスといわずしてなんと表現しようか.

Reality Build for Two
 ジャロン・ラニアーに会った人間が必ず持つ感想だが、彼は頭の回転が異様に速い。質問者の意図を見越して先に答えを話し始める。その風貌と合わせて,JLなくしてVRはここまで騒がれなかっただろうと思う.
 また筆者は,肯定的なニュアンスも含めて,VR,特にジャロンのRB2システムにウィアード・サイエンス(魔術的科学→註1)の要素を感じる.
 サイバーソンの翌日、会津泉氏をはじめ一行はジャロンと会食をともにした.メキシカン・フードのレストランでジャロンが話したところによれば,彼の父はラジオの放送作家や雑誌のライターや作家めいたことをしていた.コンサート・ピアニストだった母が死んだショックで幼少期の彼は自閉症ぎみになった。他人と会話することに苦痛を感じていた彼はコミュニケートのために楽器を演奏するようになった。
 ダイナブックのアラン・ケイもミュージシャンだったことと重ねて,ある種のコンバイン[細かい部品を集めて機械などを組み立てること]が得意なエンジニアは楽器奏者に近いのではないかと思える。つまり分析や解析よりもゆるい統合化が得意で,機械の使用法を楽器の奏法のように考えるのが得意な人々というか.楽器は多彩な表情を持つマンマシンインターフェイスだと逆説的にいうこともできる.
 そして幼少時の体験が,ジャロン・ラニアーをVRの開発に向かわせた.それは,さらにRB2システムの略称を聞いてみることによってより明らかになる.

Reality Build for Two.
(2者のためのリアリティ構築システム)

 このシステムはスタンドアロンで使われることを最終的に良しとしない,コミュニケーション志向/ネットワーク志向のマシンなのだ。
 画像情報を送る社会的な通信インフラがまだ登場していない現在,単体で使われるだろうが(→西新宿松下電工ショウルームのVRシステムキッチン疑似体験システム),日本とアメリカの文化やメンタリティの違いのせいか,私たちはよほど注意しないとRB2が2Wayコミュニケーションの機械であることを見落としてしまいがちである.
 いずれにしろ,リアリティ・ビルド・フォア・ツゥという言葉は,それだけで美しいといえるだろう。インナースペースを抱えて籠る性癖のある,おたく傾向を持つ筆者は,まずこのネーミングにジャロンの純粋だが奇態なコミュニケーョンへの願望を感じてしまうのである(山あらしのジレンマ→註2).
 現在VPLリサーチ社はVRを使った教育用ソフトを開発中とのこと。元自閉症児で,闘争世代のあとを追いかけ,理想の学園の実現を求めてアジテーションを繰り返してきたジャロンのことだ。マイノリティやハンディキャップドの子供たちのためのVRシステムをきっといつか構築してくれるだろう.そして登校拒否やドロップアウトが減少することを願う.


註2 山あらしのジレンマ。グレゴリーベイトソンによって命名された.接近しようとする2匹の山あらしがお互いのとげで相手を傷つけてしまうのになぞらえて,接近する人間2人が度を過ぎるとお互いの自我を傷つけて望まないようなトラブルを起こしてしまうことのたとえとして用いられるコミュニケーション理論。筆者はジャロンのいうVRのイメージから,山あらしのジレンマを起こさないための電子的緩衝を連想する.

見本市ではないが,しっかりした展示に黒山の人
 さて、会場の様子に触れると,メインステージで大きなプレゼンテーションや討議が行なわれ,それとは別にもうひとつ小さめのメイズ・ステージでより技術的な絞り込んだ討議が行なわれる.
 前回の記事でいえば,ウォーレン・ロビネット,トム・フォーネス,スコット・フィッシャーらはメインステージ。3Dサウンドについてのディベートがメイズ・ステージである.
 会津泉氏と朝日新聞服部桂記者の「日本におけるバーチャル・リアリティ」なる報告もメイズ・ステージで行なわれた。ひとりでは全部見られないという考えようによってはもったいない趣向だ.
 出展企業を拾ってみよう.
 オートデスク社,Sence8社,VPLリサーチ社(バスでレッドウッドまで直行往復)のVR先行ご三家.
 スティーブン・ベックとラピス・テクノロジー社のホストフォトロン,
 ティム・オーレンとAppleマルチメディアラボによる教育用マルチメディア,Guide3.0の展示には,Macintoshユーザーが真剣なまなざしで集まっていた.
 クリスタル・リバー社の3Dサウンド,コンヴォルヴォトロン.
 スティーブ・タイスとSimグラフィック社によるフライング・マウスとバーチャルワークベンチ,フライング・マウスとは,文字どおり空中でマウスを動かすと三次元データが入力されるというデバイスで,会場での評判も良かった。
 カナダのビビッド・エフェクト社によるビデオ仮想環境装置マンダラ・システム.これはマイロン・クルーガーのビデオアートをハードウェア化したような仮想環境ビデオシンセサイザ.
 ランディ・ファーマーとチップ・モーニングスターによる富士通HABITATの実演と講演。
 フェイク・スペース・ラボというグループによるテレプレゼンス+ロボティックス寄りのVRイクイップメント(写真1).ゲーム寄りには,注目の仮想環境的ビデオゲーム,アタリ社のハードドライビング(衝突すると空中目線になる.シンセティック・エクスペリエンスだ),アタリ社Lynxシステム,ルーカスフィルシム社のボールブレイザー(ゲームデザイナーのデビッド・フォックスは現在トッド・ラングレンのユートピア・グロクウェア社からフロウ・フェイザーという眼のための音楽ソフトを出している),ブロダーバンド社U-フォースなどが出展されていた.
 いわゆる商品見本市ではないのに,サイバーソンの問題意識の高さに触発されたのか,VRを盛り上げていこうとする企業の積極的な展示が目立った(写真2,3).
 また,ホールアースのブース,正確にはポイント・ファウンデーションのブースには,ブロダーバンド社より販売されているCD-ROM版ホールアースカタログや書籍,季刊ホールアースレビューが並び,聞き慣れたしわがれた老人の声に振り返れば,ホールアースの若いスタッフがCD-ROM版ホールアースカタログのW.S.バロウズの項を引き出して朗読を再生しているという具合。
 またノンプロフィット(非営利)のアート・サプライヤーであるARTCOMがマーク・ポーリンとSRLのビデオをかけ,ホールアースの電子ネットであるウェル(THE WELL)が常設でフォーラムを開いていた.


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深夜になると状況は一変Wavy Gravyって誰だ
 圧倒的な情報量と熱気,混乱もなく進む進行ぶりに,ホールアース研究所の底力を見る思いがしたが,こんなものではすむわけがない。もっとホールアースらしさがだんだん出てくるんじゃないかと思って待っていた.
 あんのじょう,ジャロン・ラニアーの質疑応答あたりから普通のカンファレンスではなくなってきたが,いくつかの討議を経て深夜を迎えると様子が一変,アンダーグラウンド・パワーを見せつけられた。
 絞り染めの衣装に豚の鼻をつけた道化師のような男が現われ,バンジョーのような楽器を奏で、おとぎ話を朗読する.彼はWavy Gravy(ウェイビー・グレイビー)といってヒッピー・コミューンの草創期にホグ・ファームという農場を作った伝説の男(写真4).
 日本では,文化史的にもあまり紹介されていない人だが,西海岸では有名人のようだ.
 アップル社のドキュメンタリーとして評価の高いフランク・ローズ著『エデンの西』という本にも彼は登場する.「ウェイビー・グレイビーとそのサイケ文化の一隊がホッグ(豚)ファームの根拠地を持っていた'60年代にはロスガトスはちょっとかっこいい町だった」(『エデンの西』下巻4ページより)
 これは日本に帰ってきてから,なにかを調べるためにななめ読みしていて,偶然発見した箇所だ。西海岸でなにが起こっているのか,コンピュータとサブカルチャーのあいだでの振幅の歴史は,この日本でうまくリンクして紹介されていないようだ。
 ウェイビー・グレイビーに続いて,グレイトフル・デッドの詞を書いているジョン・ペリー・バロウという男が登場.この人,件(くだん)のコンピュータ・カルト雑誌『MONDO2000』(写真5)でジャロン・ラニアーのインタビューをしているのだけれども,最近はVRの本を書こうとしているようだ。
 そしてティモシー・リアリーも登場。TLは人的交流の人で,スチュワート・ブランドはじめみんなに謝辞を述べたりするものの特に新しいことはいわなかった.しかし人気は高く,VRの盛り上がりをバーチャルに支える,背徳のアンダーグラウンド・シーンを感じさせた。


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最後にギブスンもまじえ貴重な討議へ
 こうして我々は朝を迎え、午前9時から始まる最終討議を待ったのだ。
"Social and Cultural Implications of VR(バーチャルリアリティの社会的かつ文化的な含蓄/可能性)PartII"
 出席者はスチュワートブランド,ウィリアム・ギブスン,ジャロン・ラニア-,ローレンス・ウィルキンソンの4者。スチュワート・ブランドは「ホールアースカタログ」を始めた伝説的編集者でMITメディアラボを取材したルポ『メディアラボ』の著者としても有名である。ウィリアム・ギブスンは作家.『ニューロマンサー』の,あの,ギブスンだ。ジャロン・ラニアー,VPLリサーチ社.VRを代表するひとり,となるとやはりジャロンか。
 ローレンス・ウィルキンソンは会場を提供したコローサル・ピクチャーズを代表して登場。
 They did the extraordinary(信じ難い)job!!
のかけ声で,最後の質疑応答は始まった。
ギブスン(以下G):いまは現実の時間と現実の場所だと思うんだけれども,そうだよねぇ。このテクノロジーの速度に僕は驚きを隠しえない。僕はいかなるイマジネーション技術の発明にもかかわるものではないけれども,今日ここに集まった人たちがこの技術を築き上げたんだと思うと,すばらしいと思う.
ラニアー(以下L):なにもいうことはない。何人の人が会場で夜を明かしたことだろうか。さてVRが社会的に与える影響について,質問は?
質問者:ジム・ロジャースと申します。昨夜、ラニアーさんはVRコミュニケーションによってマクルーハンのいうグローバルビレッジ化が可能になるというような主旨のことをおっしゃいました。が,南北格差,農業問題・食料の生産と供給のアンバランスについてはVRテクノロジーはなにか力になるのでしょうか?
L:解決が難しくVRよりも優先すべき問題を我々はいっぱい抱えているといえるでしょう.VRはその解決のうえで生活を楽しむときに使うテクノロジーです.
ブランド(以下B):VRは(映像を通じて人間の意識に強く遡求するという点で悪用すれば)TVと同じくらい悪い影響を与え,(パーソナルなメディアという点では)電話と同じくらい良い影響を人類に与えるでしょう。そしてときに電話より力強い技術,その契機をジャロン・ラニアーが提供してくれたのです.
ウィルキンソン(以下W):VRの娯楽産業や大衆芸術への応用も考えられます。これを使えばこの会場にいらっしゃるみなさんが各々プロデューサーになって娯楽作品を楽しむことも可能ですし,流通業者を抜いてダイレクトに作品に介入していくことも可能でしょう(一種のネットワークインフラを提供し、その後各人のお好みに合わせて差異を演出できるメニューを考えているらしい→映画『トータル・リコール』のリコールメニューを思い出す)。
L:娯楽産業へのキーはVRライブパフォーマーを生み出せるかどうかですね。
B:電話会社が光ファイバー通信網を持ったとき,各人の観念や想念を送る道が生まれるはずです。すべての人のビデオが(電話のようにパーソナルに)すべての人に伝わるという事態。そのとき商業メディアの著作権管理と発行配布の形態も、我々のCD-ROM版ホールアース電子カタログのようになるのではないでしょうか.
G:スチュワート・ブランドさんも以前おっしゃっていましたが,いまうかがったVRの未来像は、現在の私にとってのファクスに似ています。あまり意識しないで電話のように使えますし。きっと未来のVRは,ビデオのイメージを友人に送るとき現在のファクスのような感じで使いこなせるようになるんでしょうね。
質問者:バーチャル電子国家を建国することはできるのでしょうか?たとえばイラクに略奪されたクウェート国民がバーチャル・クウェートを電子ネットワーク上に構築するとか.
B:良い質問ですね。まさに,あなたは解決すべき問題に出合ったのです。
質問者:多くの人々が議論していますがVRが一種の電子ドラッグとして人々を自然な体験と普通の心理状態から遠くに飛ばしてしまうということは……
G:その議論に関しては,私は昨夜のラニアー氏とまったく意見を同じくする者です.VRの危険について論じるときは,インタラクティビティを持たない現行のTVのほうがより大きな危険をはらんでいることも議論すべきだと思います。
質問者:イギリスよりまいりました.GTEの研究所につとめています。今世紀末までにAT&Tと一緒に電子ネットワークを組むのが私の課題ですが,あなたがたホールアースの電子ネットワークであるWELLはどのようにしてあのような広域のネットワーキングを実現したのでしょうか。ご教示ください.
B:フランスのビデオテックス,Minitelをご参考になさってはいかがでしょうか.Minitelの方向に未来があるのではないかと私は思います。たしかにMinitelはセックス情報によって浸透し、当初のハイレベルでの計画立案とは少し違った方向に進みました.しかしそれに比べれば我々のWELLなどまだ3000人のネットワークでしかありません。やがて地球に風が吹き,Minitelのような電子ネットワークが全地球文化を形成するのではないでしょうか.
(質疑応答はこのようにとぎれなく続き,この先の質疑や意見はTHE WELLのうえで続行しようということになった。)
L:OK,分かった。さまざまなシンポジウムを開催し,さまざまなサブカルチャーとともに,ある種の敵視の中を生きのびていこう.

 会場の外は日曜日の正午近く,メインステージの脇にあるドアを開けると光が差し込んでくる。世話人であるハワード・ラインゴールドは,西ドイツの会議に出かけなければならないといって,会場を飛び出していった。西海岸から,アメリカ全土から,世界各地から集まったサイバー・パーソンたちは,こうしてサイバー・マラソンを完走し,ベイエリアのコローサル・ピクチャーズ・スタジオからまたちりぢりに散っていったのだ。


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パソコン・サイバー環境の設計思想公開
 サイバーソンの翌日,シスコからゴールデンゲイトブリッジをわたって,バーチャル・リアリティのもうひとつの震源地オートデスク社のあるサウサリートに向かう.
 オートデスク社はパソコンCADで世界第1位のシェアをほこるAutoCADを制作したソフトハウスだ。このソフトが同社に及ぼした利益は莫大な額にのぼる.そして同社はAutoCADの次世代商品を探して,サイバースペース・プロジェクト(仮称)というパソコン仮想環境プロジェクトを進めている(写真6).
 ランディ・ウォルサー(写真7),同社サイバースペース・プロジェクトの牽引者がパソコン用仮想環境について実に明確に話してくれる.月刊アスキーはパソコン・ユーザーの雑誌であり,VRとパソコンを開発レベルで,またはアプリケーションとして活用しようというパワーユーザーのために,ウォルサー氏のアナウンスを掲載しよう.パソコンVRはすぐそこまで来ている.
 オートデスク社サイバースペース・プロジェクトは,そのラインナップのオフィシャルなアナウンスをまだ行なっていません。次世代AutoCADのアナウンスメントで手いっぱいということもありますが、部分的な製品,たとえば開発ツールの類は,早ければ'91年暮れぐらいから登場するのではないでしょうか.
 まず,サイバースペースのオーバービュー/全体像をご説明します.
 ここでいうサイバースペースとは一種の場所(Place)や空間(Space)のことです.この場所や空間は、物体のSIMULATION BEHAVIOR(シミュレーション・ビヘイビア=ふるまい/行動行為のシミュレーション)を行なうところです.
 このサイバースペース上にある仮想物体は,自律的だったりまたそうでなかったり、両方のパターンがあります。たとえばデータグローブなど入力デバイスを通じて「手」がそこにある場合,この手はたえず三次元座標を現実界から与えられるため,自律的ではないでしょう.いっぽうサイバースペース内で投げられたボールが仮想の壁にあたってはねかえるといったとき,このボールには自律的に運動するためのデータが与えられていなければなりません。
 自律的な動きを与えられた場合,その物体は自分で時間を持つというような設計思想です。つまり外界から動きのデータが与えられるのではなく,そのボールならボール自体が動きのデータを持っているという考え方をとります。さらに個々のシミュレーション環境をより大きなシミュレーション環境が管理するといった設計思想です.
 この環境は,スタンドアロン志向ではなく,きわめて参加型で協力型の設計思想を持ち,その意味で数多くのコンピュータ・ゲームやマルチメディアなどとまったく異なった性格を持つことになるでしょう.
 分散処理型でかつ非常にヘテロジニアス(異種)的な環境を目指し、異なったメーカーや異なったクラスのマシンでも領域を共有することができます。
 以上を実現するためにも,シミュレーションとレンダリングを明確に区別して扱うということがソフトウェア上の重要な考え方です.エンド・エフェクト(最終出力)もオーダーに応じて,コンピュータグラフィックスだったり,またテレロボティクス的なロボハンドであったりと自由に決定できます。
 環境の中ではグラフィックスよりもリアルタイム性が最重視されます.リアルタイム性といっても単純に処理速度の問題ではなく,仮想環境内の物体のレスポンスビリティが重視されるのです.したがってユーザーはそのオーダーのレベルによって,具体的にはたぶんグラフィックスの再現性~解像度やレンダリングシェーディングに要求されるクオリティの問題が最も多いでしょうが,それによって,出力のマシンやエンド・エフェクトを決定すればよいのです。何台かのコンピュータを連結してパラレルプロセッサ方式で高速化を実現してもいいし,サンやアイリスなどワークステーションで受けてもいいし、もっと大きいコンピュータで受けてもいいのです.そう考えていくと非常に大きなプラットフォーム上でさまざまなアプリケーションが可能になります。
 全体構想として,シリーズ化される製品は、まだ正式に発表する段階ではありませんが,第一に,
DECK CONSTRUCTION KIT
(デッキコンストラクションキット)
が必要でしょう.
 基本的なイクイップメントをなににするかまだ決めてはいないのですが,データグローブやアイフォンなど入出力デバイス(ハードウェア)をシステム・インテグレーションされた環境で使うために,最初に必要なキットです。
 続いて,
SIMULATION KERNEL (シミュレーション・カーネル)  サイバースペース上で物体に物理属性を与えるためのソフトです。また,AutoCADの設計思想がそうであるように,サイバースペース上の物体は特定ではなく複数の言語に対応します。
さらに両者の周りに両者をつなぐ,
INTERACTIVE SHELL
(インタラクティブ・シェル)
も必要かと思われます。
LANGUAGES
(ユーザー向け言語)
 ユーザー向けにいくつかの言語も必要です.HyperCardよりさらに自然言語処理に近いいくつかの言語を考えていますが,これはケース・バイ・ケースで,必ずしも自然言語処理的でなくても、要は使う側の状況に応じて便利であればいいと思っています.
PROTOCOLS
(プロトコル)
 サイバースペースの領域を設定/割り当てるためのプロトコルも必要です. SECURITY CALL
(セキュリティコール)
セキュリティのためには,サイバースペース上で誰と出合っている(交信している)のか,またそれが本当に当人なのかをチェックする必要があります。


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現在開発中のカーネルは286マシン640Kbytesで動く
 ウォルサー氏によれば現在開発中のカーネルは286マシン,PC-DOS使用,640Kbytesの環境下で動くという.市場じたいが386マシンに移行していく中で386マシン用にしてもよいが,基本的にはパソコン・ユーザー誰にでも使える/そして共有できる仮想環境づくりを目指すという.
 パソコンで,しかもホビーではなく各種アプリケーションに耐えうる仮想環境が構築できるのか,という当然の問いには,かつてAutoCADがそうだった,と答える。あのときも,パソコンでCADができるなんて誰も思わなかったし,ハードウェアもまたマーケットもなかった.AutoCADというソフトが市場を作ったのだ、と.
 それにハイエンドであってもそれに見合う要求が生まれてくるはずだから,どんなに余裕を見ても資源は不足してくる。逆説的にいえば,どんなコンピュー夕でも資源は不足しているのだ(説得力がある話だと思った)。だったらパソコンからやる,ということらしい.
 要するにAutoCADの成功した要因を踏まえて出発するということなのだが、オートデスク社の会社としての位置付けもまた,AutoCADのときに習って,コンストラクター(ビルの建設業者にたとえて最終的な製品を作る会社)ではなくツール・ビルダー(そのための道具を作る会社)であることに徹するということだ。したがってサードパーティとの共同開発を歓迎し、ともにサイバースペース・インダストリー(サイバースペース業界)を構築していきたいとのことだった。


手作り感覚VRのSence8社
 オートデスク社ランディ・ウォルサーはうわさにたがわぬ切れ者だったが,かと思えばぜんぜん違ったタイプの天才もいる.
 オートデスク社サイバースペース・プロジェクトのもともとのキーマンで,昨年秋にスピンアウトし,自分の会社Sence8社を設立したエリック・ガリクソンだ。
 Sence8とは五感ならぬ「第八感」の意味と,世間をあっといわせるという意味のSensationをかけている.
 ここで,E.ガリクソンはガールフレンドのパトライス・ガルバンドとともに,Amiga,SunSPARCワークステーションでVR,リアルタイム3D,レンダリングのソフトウェアを開発している。第一弾の製品はSunSPARC上で動く“World Tool"で,これは販売可能なものだ(写真8).
 同社はハイテク技術としてのVRにあまりこだわっていない。ガリクソン自身,クリエイティビティを重視するプログラマで,'60年代にフィルムを使って作られた感覚マシンSENSORAMAのモートン・L・クルーを尊敬している.
 ガリクソンの主張は,いくら現在開発中だとはいえ,いま入手できるシステムがRB2だけだというのでは,高すぎて手が出ない。そこでマテル社のパワーグローブなどを使って安価なハード/ソフトを供給していこうというもの。
 営業をふくめ3人でやっているベンチャーだから,現在のマーケットで健闘して資金力をつけてから次世代的な製品を作ろうと考えているのだ。現在,サンマイクロシステムズ社と共同開発をしているという。また日本からの委託にも積極的に対応していきたいと語る.
 また,'80年代Macintosh音楽ソフトのヒット商品と呼ばれたMusicalcを作ったプログラマ,マイケル・ミラーとともに大学教育レベルのマルチメディア+VR教育ソフトウェア・プロジェクトを始めたということだ。


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1991年VRシーンは激動を迎える
 昨年10月初旬のサイバーソン開催からこの月刊アスキーが発売されるまでに3カ月経過したが,そのあいだにもVRはシーンをさらに生み出している。サイバーソンのときにも感じたが,これからVRの開発に向かおうというインディペンデントなプログラマ,エンジニアたちも多い.早くもVR第二世代と呼ばれる連中たちが生まれつつある.
 なかでも,オーストリア・リンツのアルス・エレクトロニカ・フェスティバルからオランダ・アムステルダムに飛火し3月にはヨーロピアンサイバースペース・コングレスなる学会が開催されるそうだ。ヨーロッパのVRやサイバースペースはアメリカや日本など環太平洋ネットワークになんらかの対案を投じてくるのか.
 また,CD-I,DVIといった画像圧縮技術と結び付いたマルチメディア・バーチャル・リアリティ,ビデオ信号で送るVRの登場が期待されるなど,興味はつきないのだ。

 この記事の筆者周辺では燃え上っていたが周辺に延焼はしなかった。細々と燃焼は続いていたという状況だ。
 VRは限定的、局所的にしか利用されていない。NHKの安土城をVRで復元するとかがいい例だ。また商業的には会場に行ってゴーグル、グローブ等を装着して部屋の内部にいるように思わせるとか。高いビルの上にいるように思わせるとか。全然一般的ではない。特別なところでの利用にとどまっている。
 原因はゴーグル等が大げさなところだ。32年前すでに軍では「じつは切手サイズの高解像度ディスプレイが開発され,使われている」とある。
バーチャル・リアリティー最前線(前編)(月刊ASCII 1991年1月号6)
それならもっと軽い、せいぜいメガネ程度のディスプレイがあってメガネにはモーションセンサーが付いていて顔の向きを把握し、服、靴、指等にはシールタイプのセンサーが付いていて動作を感知できるような使用しないときは邪魔にならないようなものが欲しい。
 家庭でもメガネを付けていればスマホでセッティングすると世界のどこでも異世界でも行けるようになるのが一般に広まったと言える状態だと思う。
 現在のVRはかなり限定的だと思う。

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