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宇宙の旅第7話グランドデザイン(月刊ASCII 1991年9月号7) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

「パソコンで体験する天文学 宇宙の旅」の第4回、第7話グランドデザインをスクラップする。
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第7話 グランドデザイン 京都市立芸術大学助教授 藤原隆男
ラプラスの悪魔
 19世紀初頭に活躍した数学者ラプラスは,天体力学や確率論で活躍したことで有名だ。彼は,天体の軌道計算法を発展させて,つぎのようなことを考えた.
 「宇宙のすべての粒子の現在の運動状態を知る能力と,それらの粒子の運動方程式を解く能力を持った“英知”がいたら,その英知は,宇宙の過去から未来まですべてが見通せるはずだ……。」
 力学が,天体から原子分子にいたるまで,すべての粒子に当てはまると考えるならば,たしかにこういう結論になる.ラプラスが考えた英知は,あなたがもうすぐアクビをすることさえも知っているという,予知能力が抜群の,まさに悪魔のような存在だ。
 ラプラスの悪魔は,ニュートン力学の成功の結果によって生まれた機械的決定論の考え方を反映していた.そして,ラプラスの死後20年ほどたった1846年.海王星の発見によって「英知=悪魔」の存在が証明されることになる.
 観測された天王星の実際の軌道と,計算から得られた軌道がズレていたことから,天王星の外側に第8番目の惑星が存在することが予想されたのだ。その後,第8惑星の位置が正確に計算され,綿密な観測で,その位置に海王星が確認されたのである。いよいよ自信を得た人類は,英知になる日も近づいた,と思ったに違いない.
 しかし,ラプラスの悪魔は,1920年代に誕生した「量子力学」により,あえなく死を迎えることになる.原子などのミクロの世界では,ニュートン力学が成り立たないことが明らかになったからだ。量子力学では,ミクロの世界の物質の動きは確率的にしか記述できないという.原子の世界では確定的な予言など,不可能だったのだ(注1)。


注1 ミクロの世界では粒子は波のようにふるまう.たとえば,電子は一定の質量と電荷を持つ粒子であるが,その位置は波のようにぼやけていて確定できないし、速度も確定できない(不確定性原理).電子の運動は,このような存在確率の波として記述される.


 ところで,少なくとも天体のように巨大で,質量の大きな物体の運動では,まだまだ「ニュートン力学」が有効である.天体の運動方程式を解く場合ならば,コンピュータこそは,ラプラスの悪魔の再来といえるかもしれない。もちろん,コンピュータの計算能力は,万能のラプラスの悪魔にかなうはずもないのだが…….
 アスキーのこういった科学雑誌並みの記事が好きだった。
円盤銀河のグランドデザイン
数値天文学
 実験は科学研究の重要な方法である.ところが天文学での実験は不可能に近い。
 星を作って進化させてみようとか,銀河をちょっとぶつけてみたりなど,実際の宇宙ではできないし、また,仮にできたとしても、相手が進化するのを何億年も待つわけにはいかない。従来,天文学は、観測という受動的な方法に頼るしかなかった.
 ところが,近年,コンピュータを使うことにより,天文学でも実験が可能になった。コンピュータの中では,計算によって星を作ったり,ぶつけたりする数値実験ができる.たとえば,多数の星の集まりである銀河を,星の代わりに多数の粒子で表現し,その粒子1個1個の運動方程式を解いて銀河の力学を調べる.また,星のガス(気体粒子)を多数の粒子で表わして超新星爆発のようすを詳しく調べたりできるようになったのだ。
 このような数値実験を用いる天文学は,「数値天文学」と呼ばれることがある.

グランドデザイン:渦状腕
 楕円状だったり,円盤状だったり,雲のように不定型だったりと,銀河(注2)の形にもいろいろある(図1).

注2 「銀河」は星雲(星のように1点が光るのではなく,もやもやと雲のように輝く天体の総称)の一種である.星雲は大別して、「ガス状星雲」と「銀河星雲」に分けられる。ガス状星雲は,私たちの銀河系の中にあるガスの塊が光っているもので,比較的太陽に近い(距離のオーダーで10~数1000光年).一方,銀河星雲は,私たちの銀河系の外にある銀河系のこと.その位置は太陽より遙かに遠く,100万~1000万光年以上の距離にある.本誌では,「銀河系」は私たちの銀河系を,「銀河」は外部の銀河星雲を示している.

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 「銀河系」,つまりわれわれの銀河は円盤銀河のひとつで、1千億個以上の星とガスの大集団である.銀河系をその中の地球から見ると,円盤状の星の集団は,空をめぐる光の帯として見える.これが天の川だ(注3).

注3 地球からでは,はくちょう座方向の天の川が銀河系の周縁部,いて座方向が中心部を見ていることになる.しかし,天の川の方向(銀河円盤に沿う方向)には宇宙空間に大量のガスがあり,それが視界をさえぎるため光学望遠鏡では,せいぜい1万光年ぐらいまでしか見通せない.これは銀河全体(直径約10万光年)ほんの一部である.

 私たちの銀河系や,写真でよく見る「アンドロメダ星雲」のように,円盤銀河の中には,台風の雲の渦のような渦巻き模様があるものがある。これを「渦巻き銀河」といい,渦巻きのスジの1本一本を「渦状腕」という.また,渦巻き銀河に分類されるものの中にも腕がはっきりしないものや、何本にも見えるものがある.この渦状腕の数には,宇宙の物理法則が生んだ不思議が潜んでいる.腕が太く,はっきり見える典型的な渦巻き銀河では,腕の数は2本と決まっているようなのだ。このような,きれいな2本腕のパターンをもつ銀河を「グランドデザイン銀河」と呼んでいる.おおぐま座のM81(写真1)などが代表例といえるだろう.

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最近の観測結果から4本だという説が有力みたいだ。
天の川銀河の腕は何本?

日経サイエンス  2020年12月号 特集:星の地図を作る 見えてきた天の川銀河の姿
どうして天の川銀河が「渦巻銀河」だとわかるの? (2/3) 「銀河の腕が発見されると、渦の数が2つか4つかを巡っての議論が長らくされていました。その解決を見たのはNASAのWISEによって、腕の数が4つであることが確認されたときです。じょうぎ・はくちょう腕、いて腕、たて・みなみじゅうじ腕、ペルセウス腕と呼ばれる4つです。さらに、天の川銀河はただの渦巻銀河ではありません。棒渦巻銀河です。腕が伸びている中心は円ではなく、銀河の中心に横たわる長方形の短い2端の辺です。」
最新では2本だという説もある。
天の川銀河の想像図が書き換わる新発見!銀河の腕は実は2本しかなかった!?
さてどうなんだろう。大事なのは「理論と合うからこうだ」ではなく「理論と合わなくても観測結果からこうだ」である。理論はどんどん修正して真理に近づけるべきものだ。
コーヒーカップの中の銀河
 渦状腕はなぜできるのだろうか?なぜ,2本なのだろうか?
 かき回したコーヒーの中にミルクを数滴たらすと,そこには,銀河にも似た美しい渦巻き模様が現われる.2種類の液体が混ざりながら回転すれば,そこに渦巻き模様が誕生するのである.これを見ていると,銀河も同じような原理で渦巻いていると思えてしまう。ところが,星々が作る銀河では,ことはそう簡単ではない。
 銀河の中の星々は,それぞれが,銀河の中心の重力とつりあう速度で回転しながら動いている(注4).その回転速度も,中心から周縁部にかけて異なり,銀河を1回転する時間は中心に近い星ほど短い(図2)。


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注4 太陽は銀河系の中心から約2.5万光年のところにいて,2億年あまりの周期(秒速250km)で公転している.太陽は生まれてから46億年たっているので,すでに銀河系を20周もしたことになる.

 このような回転を差動回転という.コーヒーカップの中では,コーヒーが差動回転をしており,そこにミルクが白い線を引くことで,渦状の形ができている.しかし,この考え方を、そのまま銀河の渦巻きに応用すると,銀河の渦状腕も、時間が経つにつれ中心にギリギリと巻き込まれることになってしまう。蚊取り線香やバウムクーヘンのように,いくつにも重なった渦(円盤)になってしまうはずである。
 しかし,そんな銀河は,いまだに観測されていない。どうやら,銀河の渦は,コーヒーの回転とは異なる原理が働いて形成されているらしい.


密度波
 銀河の巻き込み問題を解決したのが,渦巻き模様は円盤の中を伝わる一種の波であるという考えだ。水面を伝わる波の速度が,水自体の流れの速さと同じでないように,星の波(密集部分)が銀河の回転とは別の速度で伝わっているというのだ。
 この考えによる星々の波を「密度波」という.密度波は,前記のような問題を解決するため,まず理論的に研究され,その後の数値実験によって、確かに渦状腕のような模様(波)ができることが立証されたものだ。
 話をさらにややこしくすれば,本当は,渦状腕は密度波そのものではない。銀河の中では,ガスの集合(雲)から絶えず星が生まれては死んでいる.密度波の重力によってガス雲の運動が乱され,ちょうど,密度波のあるところでガス雲同士が衝突。その場所で多くの星が生まれることになる。こうして生まれた若い星々は、年老いた星よりも明るく輝く.明るい星のあるところが渦状腕として見えているのだ.
 あたかも,夜光虫が夜の海で波に揺られる刺激で輝き,その波を不気味に浮かび上がらせるように…….


プログラムの実行
 ここで紹介するプログラムは,数値実験により,銀河の渦状腕を再現しようというものだ。
 本格的な数値実験では,数千~数十万個の粒子を使って銀河を表現し,その粒子の分布から銀河全体の重力を計算している.しかし,このような大規模な計算はパソコンには荷が重すぎる。ここでは,もっと簡単に,「テスト粒子法」を用いて計算することにする.
 テスト粒子法とは,銀河全体の重力をあらかじめ与えておいて,その中に粒子をばらまき、その運動を追いかけるというものだ。粒子同士は十分軽いとして,粒子同士の重力の影響は無視する.自分自身の重力を計算に入れないという意味では、この数値実験は,星の密度波のシミュレーションというよりも,銀河の中でのガス雲の運動シミュレーションと考えたほうがよいかもしれない(注5).


注5 銀河系のガス雲の質量を全部合わせても、星の全質量の5~10%にしかならず,ガス雲が銀河全体におよぼす重力は小さい.

 もっとも、テスト粒子がガス雲を表わしているとするなら,粒子同士が衝突したり、くっついたりする効果も計算に入れるべきである.これまた,計算が遅くなるだけなので,考えないことにしよう.
 また,あらかじめ与える銀河の重力として、最初から渦巻き状になった密度波パターンを与えてもいいのだが,これでは、パターンに対応した腕ができるだけで面白くない。ここでは銀河の中心部の密度分布が,少し楕円状に歪んでいるような重力を与えることにする(図2)。たとえ,密度分布が渦巻き状でなくても,ちゃんと渦状腕は生まれてくれるのだ。



 プログラムを実行すると,まずメニュ一画面が現われる(画面1).項目はカーソルキーの上下で選び,その項目の数値はカーソルキーの左右で増減する.


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 最初の項目は、楕円状パターンのゆがみの強さを表わすパラメータで,これを大きくすると渦状腕が早く現われる.
 2番目の項目はパターンの回転の角速度だ。すでに述べたように,粒子は差動回転をする.それに対し,パターンは形を変えずに回転(剛体回転)するので回転速度は図2のような直線になる.
 粒子とパターンの回転速度が一致するところ(画面右のグラフで2本の線が重なる点)が,「共回転半径」になる.渦状腕はこの共回転半径あたりでいちばんハッキリと現われるので,パターンスピードを変えれば,渦状腕の形も変わり、さまざまな銀河ができるはずだ.
 3番目は粒子の分布の指定で,ランダムか規則的かの2者択一(画面2).


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 4番目は座標系の指定で、観測者の視点が静止しているのか,銀河の回転とともに移動するのかを決める。静止系で見ると渦状腕のパターンは銀河の回転と同じ方向に回転する.一方,銀河円盤に乗った回転系で見ると,粒子は共回転半径の内側と外側で反対に回るように見える.一見,奇妙な動きではあるが,渦状腕の形の変化はこちらのほうが分かりやすいだろう.
 最後の項目は計算する粒子の個数だ。数を増やせば,渦状腕のパターンがきれいに見えるが,計算は遅くなる.あなたのコンピュータの能力に応じて、粒子数を調整してほしい.
★★

 リターンキーを押すと計算が始まる(画面3a~c).中央の棒は,あらかじめ与えた重力パターンの向き(楕円の長軸方向)を表わしている。

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 すべての粒子の運動方程式を解いていると非常に時間がかかるので,半分だけを計算して,あとの半分は点対称に回転投影し、時間を稼ぐことにした。
 画面の左上には銀河中心部の回転数が出る。ここでの1回転は,実際の宇宙では1億年程度に相当すると考えよう.さて,数値天文学の一端を、あなたのコンピュータで,味わっていただけただろうか?(注6)


注6 重力計算用コンピュータの開発が東京大学のグループを中心に進んでいる.本格的な数値実験を行なうためにはすべての粒子のおよぼす重力を計算する必要があるが,その部分を重力計算専用のハードウェアで高速に行なおうというものだ。「GRAPE」と名付けられ、パソコン版はすでに実用化されて大型計算機なみの計算速度を実現している。チップ化して量産しようという計画があるので,アマチュアの人でも本格的な数値天文学ができるようになるかもしれない.

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既にGRAPE-1はできていた。

「1989年9月に最初の GRAPE-1 が完成した」

世界最高速のGRAPE-DRの完成記者会見はこの記事の15年後だった。
記者会見「世界最高速のスーパーコンピュータ用プロセッサ チップ開発に成功 - ペタフロップス実現へ大きな一歩 - 」 発表日時:2006年11月6日(月)15:30~16:30

世界一の電力効率をもつスーパーコンピュータを完成

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