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宇宙の旅第10話宇宙ジェットSS433の謎(月刊ASCII 1991年12月号5) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

「パソコンで体験する天文学」をスクラップする。
この号は「第10話 宇宙ジェットSS433の謎」
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宇宙ジェットSS433の謎
大阪教育大学 助教授
福江 純

天空のスプリンクラー
リカ:突然だけど,庭にホースで水を撒いたことある?
……いまどき都会で庭のある家は少ない。
ジュン:庭なんてないよ. リカ:ま、そうね。近頃はマンションとかが多いもんね。じゃあ,とある大学の屋上で,暑さしのぎにホースで水を撒いていると思ってよ。
……実話である.
タカオ:あの一,これはホームドラマではなくて,設定は宇宙だったんじゃ…….
リカ:気にしない,気にしない!
……あくまで強引だ.
ジュン:で?
リカ:えーと,ホースで勢いよく水を飛ばしたときの飛距離は,せいぜい数mから10m程度よね。ホースの直径は1~2cmってとこだから,水流の先のほうではずいぶん広がるけど,水流の太さと長さの比は,1:1000ぐらいでしょ.
ジュン:それで?
リカ:あのね、もし,水流の先が10kmも先まで届いているとしたら……そんなホースって、いったいどんなふうになっているのかなーって?
タカオ:1cm対10kmだから,太さと長さの比率が100万倍かぁ.
リカ:自然界では,実際に存在してる現象なのよね。これが.
タカオ:宇宙ジェットだね。

謎の天体SS433
 夏の星座わし座の中に(冬には見えません,ごめんなさい),SS433と呼ばれる奇妙な天体がある。天空の座標位置は赤経19時9分,赤緯4度53秒で(注1),地球からの距離は約1万6000光年と推定されている。星の明るさは14等級で,残念ながら肉眼では見えない.
注1:地球上の座標でいうと,赤経は東経・西経に対応し,赤緯は北緯・南緯に相当する.
 しかし望遠鏡で観測すると,いくつかの波長できわめて強い光を放射する「特殊なスペクトル(輝線スペクトル)」を持つことが分かった。太陽のような普通の星とは異なった,特異な天体であるわけだ.さらに,同じ場所には,年齢約2万年の古い超新星残骸だと思われる広がった電波源と,X線観測用の人工衛星によって初めて発見された,X線の強度が時間的に変化する変動X線源がある.光だけでなく,電波やX線など,さまざまな波長で観測される天体は,それだけ激しく活発に活動していることを意味している.SS433も,その例外ではなかった(注2).
注2:SS433という名前は、ステファンソンとサンドゥリークが1977年に出版した,輝線星のカタログ(SSカタログ)の第433番に登録された天体であることに由来する.
 このSS433という天体は,通常の恒星と、おそらくはブラックホールが,お互いのまわりを公転している近接連星系らしい。恒星からブラックホールに向かって降り注いできたガスが,ブラックホールの周辺に降着円盤を形成する。この降着円盤のガスは,内部の摩擦によって加熱し、その結果,きわめて強い可視光やX線が放射されて観測されているのだ。ここまでは,ほかの多くの近接連星型のX線星と大きな違いはない。SS433が注目されるのは,中心のブラックホール/降着円盤系から,2方向に,光速の実に26%ものおそるべき速度でプラズマのガスが噴き出しているためだ(図1)。SS433には,この10年くらいの間に少しずつ分かってきた「宇宙ジェット」と呼ばれる現象が存在していた.

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 SS433の宇宙ジェットがさらに特異なのは,ジェットガスの吹き出す方向が一定ではなく,空間に固定されたある軸(歳差軸)のまわりを162日の周期で歳差運動していることだ(図2)。ちょうど,ホースで水を撒くときに,ホースの出口をぐるぐると回しているようなものだ。歳差軸は地球の方向に対して約80度傾いており,また,ジェットの方向は歳差軸と約20度傾いている.

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 いかなるメカニズムがこのような高速のジェットを駆動しているかは,まだはっきりしない。活動銀河中心核や原始星の場合も含め,宇宙ジェットの起源に関しては定説がないのだ。しかし,ジェットそのものの運動は,きわめてよく説明できる.そこで,相対論的な効果を入れてジェットガスの軌跡を計算すると図3のようになる.

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 図3の中心にSS433があり,色のついた円は中心から投げ出されたジェットのガス塊を表わしている。塗りつぶした円は、観測者のほうに向いているジェットで,中抜きのものは観測者から反対の方向に動いているジェットだ.くわしく説明すれば,観測者(地球)に向かっているジェットは,SS433の高速ガスの噴出点が地球の方向を向いているときに噴出されたもので,地球から遠ざかっているガスは,その逆ということである.
 この図では,SS433を中心に,200光日四方(1光日は光が1日に進む距離で,約260億km)を見ている.ジェットのパターン(コルク抜きパターン)をもう少しくわしく見ると,上下で対称になっていないことに気がつくだろう.普通の感覚では,ジェットの上下が対称になるように思える.
 上下ジェットのパターンが非対称になる理由は,相対論的な効果が関わっているためだ。ジェットの速度が,光速の26%にも達する超高速なため,有限である光の速度の性質が影響してしまう.すなわち,遠ざかるジェットからの光は,地球からの距離が遠いため,光が届くのによけいに時間がかかる.言い方を換えれば,光の速度を無限とした場合に見える位置よりも,ジェット噴出点に近い位置にあったときに出た光が見えることになる.そのため,遠ざかるジェットは中心に寄って見え,逆の理由で,地球 に近づくジェットは,中心から離れて見えるのである.
 なお,色丸の色は,適当な仮定を用いた場合の、ガス塊の温度変化を表わしている.ここでも相対論的な効果が関係し、地球に近づくジェットは高温に,逆に,遠ざかるジェットは低温に見えてしまう ことになる.
 また,ここで示した宇宙ジェットのパターンは,ジェットの歳差に伴って放出されたガス塊の“ある瞬間”を,空間に描く軌跡として描いたものである.ガス塊が,このパターンに沿って運動しているのではなく,見え方によってパターンが生じるのだ。ガス自体はあくまでも最初に放出された方向に,一直線上を運動している.

プログラムの実行
 ここでは,SS433ジェット(より一般には歳差運動している宇宙ジェット)が,天球面の上でどのように 見えるかを再現してみよう。プログラムを実行するとパラメータを尋ねてくる.
 最初に光速[c]を単位として,ジェットの速度[v(既定値=0.26c)]を入力する.vが光速に比べて十分小さいときには,歳差ジェットが上下(または左右)対称な螺旋として見えるだろう.
 つぎに,歳差軸と視線方向のなす角度,すなわち傾斜角[i(既定値=79.8度)]と,歳差軸とジェットの方向のなす角度,すなわち歳差角[ψ(既定値=19.8度)]を入力する。さらに,歳差の周期[P(既定値=162.5日)]を入力.最後に,画面に表示したい歳差運動のおおよその回数[np(既定値=3周)]を入力すると,計算が始まる.なお,ここでリターンキーだけを押していくと,自動的に既定値が設定される.
 とはいうものの,このまま計算させていても,画面にはジェットが現われない.何かキーを押せば,その瞬間に中心の天体からプラズマ雲が射出され,宇宙ジェットの噴出がスタートするのだ。画面上では,歳差運動とともに空色(青色)と赤色(紫色)が組になって交互に現われることになる.なお,画面右側には,ジェットの速度,傾斜角,歳差角,歳差周期,現在位相,現在時刻が表示される.
 後は,キーを続けて押しながら,プラズマ雲をたくさん射出してほしい.ガス塊の一個一個は直線運動をしながらも,全体としては螺旋状のパターンができるだろう.また,いろいろなパラメータ,特にジェットの速度が光速に比べて無視できない場合などを入力し,相対論的な効果によって歳差ジェットがどのように見えるかをご覧いただきたい.


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宇宙ジェット
 宇宙ジェットというのは、中心の天体(ブラックホールあるいは原始星と,それを取り巻く降着円盤)から双方向に吹き出した細く長いプラズマの噴流である。噴出の速度は,光速に近いことも珍しくなく、従来の天体現象にはあまり例がない.さらに,驚くべきことには100万桁ものスケールにわたって,ジェットの方向性が維持されていることだ。直径1cmの水道のホースで,10km先まで水を撒いている状況を想像してほしい。
 宇宙ジェットは,最初はクェーサーなどの活動銀河において発見された.VLAやMERLINと呼ばれる高精度で大規模の電波干渉計や,1ミリ秒角まで分解できる高分解能の超長基線電波干渉計VLBIを用いた観測によって,活動銀河の中心のほんの1光年程度の小さな領域から、銀河本体をもはるかに超える100万光年もの長さにわたる,きわめて細長い構造の天体が発見されたのだ。それが宇宙ジェットである.その実体は,高エネルギーの電子や磁場を含んだ,高速のプラズマ流だと考えられている.
 さらに最近になって,活動銀河中心核からのプラズマガス噴流と同じようなジェット構造が,規模こそ異なるが,われわれの銀河系内でも,中性子星あるいはブラックホールや原始星の周辺でぞくぞくと発見されはじめた。そのひとつが,1970年代末に発見された特異星SS433のジェットである.
 種々の天体における宇宙ジェットの発見から,宇宙ジェットは普遍的な宇宙現象であると考えられるようになった.宇宙ジェットは,宇宙論やブラックホールなどと並び,最近注目を集めている新しいタイプの天体現象なのである.


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