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スーパーコンピュータの展望(月刊ASCII 1990年2月号5) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

特集記事「スーパーコンピュータの展望 後編」をスクラップする。
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リード部分をスクラップする。
 スーパーコンピュータの処理速度は,初期の100MFLOPS前後から現在の数十GFLOPSへと、急速な進歩を遂げている。このような中で,'89年には,最初のスーパーコンピュータメーカーであるCDC社の撤退。日本初のマルチプロセサマシンである日電のSX-3の発表,そして日米貿易摩擦問題など,スーパーコンピュータに関するニュースが多く報じられた.
 1月号の前編では,スーパーコンピュータの全体像とその代名詞ともいえるクレイ・リサーチ社のシステムを取り上げた。第2回の今回は,日本製のスーパーコンピュータとそれを取り巻く問題にフォーカスしていく。日米間の貿易問題で、不公正貿易品目の1つとして数えられた日本製スーパーコンピュータである.その素顔を見ていくことにしよう.
(編集部)

え?スパコンが不公正貿易品目?当時、いったいなにが起きていた?スパコンは米国の方が進んでいたのでは?

急成長する国産スーパーコンピュータ
 前回で紹介した米クレイ・リサーチ社のCRAYシリーズは,世界のスーパーコンピュータ市場の約60%を占めており,日本では十数台が導入されている.'89年9月には東芝が,10月にはトヨタ自動車がCRAYY-MPシリーズの最上位機種であるY-MP8を購入した。価格はトヨタ自動車の場合,約1500万ドル(約21億4500万円)と発表されている.
 日本製スーパーコンピュータの歴史は'82年からであり,米クレイ・リサーチ社のCRAY-1から6年遅れてスタートを切ったことになる.
 現在の日本のスーパーコンピュータ市場では,富士通がシェアの約半分を,残りを日電,日立,クレイ・コンピュータがほぼ等分しているような状況だ。当初は独占状態であった米国製マシンのシェ・アも,日本製マシンの登場以来下がっていて、逆に日本製マシンが米国へ輸出されるところまできている.
 しかし,日本のスーパーコンピュータ市場での国内メーカー優遇の入札や極端な安値販売などが米国政府に指摘されるなど,日本製マシンが日米間の貿易摩擦の1つにもあげられている.
 一方,米国での日本製のスーパーコンピュータは,日本国内の米国製スーパーコンピュータに比べて非常に少ないのが現状だ.現在までに導入されたものは,全部合わせても5台とないといわれる.'87年にはMIT(マサチューセッツ工科大学)に,入札の結果納入されることになった日電のSX-2が,米政府の主張によりキャンセルされるという事件もあった。これは国防関係の研究の情報漏出を防ぐという理由でもあり,国際間のスーパーコンピュータ販売の微妙な面を窺わせる.とはいえ,急速なスーパーコンピュータの技術革新,そして民間企業での導入など市場の拡大を背景に,老舗であるクレイ・コンピュータ以上に,新勢力といえる国産スーパーコンピュータが,今後のカギを握るように見える.

ああ、政府調達の話か。公官庁の入札では、ありそうなことだ。日本の役人はずるいことばかりしていたから。今でもしているけど。
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富士通 FACOMVP-2600
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 富士通のスーパーコンピュータ市場への参入は,'82年にVP-100/200を発表したところから始まる。これは日立のS-810シリーズと同じように,富士通の汎用機であるM-380シリーズを基本としたスーパーコンピュータだ。
 VP-100/200は単一プロセッサで,それぞれの最大処理性能はVP-100が250MFLOPS,VP-200が500MFLOPSであった.
 '85年には,富士通はVP-400とVP-50という2つの後継機種を開発する.VP-400は,最大処理性能約1GFLOPSの上位後継機種だ。これに対し,VP-50は280MFLOPSのエントリーマシンで,翌年には220MFLOPSのVP-30シリーズとなる.
 '87年にはこれらのシリーズを統合したVPEシリーズが開発される.最高機種のVP-400Eで1.7GFLOPS,エントリーマシンであるVP-30Eで220MFLOPSの最大処理性能を持ち、幅広いラインナップとなっている.
 '88年には富士通はVP-2600/2400/2200/2100のVP-2000シリーズを発表する.これはクロック周期4ナノ秒の単ープロセッサを使用するスーパーコンピュータで,最高機種のVP-2600では最大処理性能4GFLOPSを実現。単一プロセッサのマシンとしては最高の性能となっている.
 VP-2000シリーズの大きな特徴として,1つのベクトルプロセッサに対し2つのスカラープロセッサを配置した「デュアルスカラープロセッサ方式」を装備したモデルが全シリーズに加わっていることである.スーパーコンピュータの処理速度はFLOPSといったベクトル処理速度の単位で表わすのが一般的だが,処理によってはスカラー演算によるところが大きい計算処理もある。スカラープロセッサを1台追加することで,システム全体の処理速度を向上させることができるので,コストパフォーマンスの高い製品となっている.
 国産スーパーコンピュータの多くは汎用機をフロントエンドプロセッサとして使用し,スーパーコンピュータが演算処理専用に使用できる構成にしている.VP-2000シリーズは他のスーパーコンピュータと同様に,汎用機を使用することなしにスタンドアロンで使用することもできる.また,デュアルスカラープロセッサのモデルならば1つのスカラープロセッサにフロントエンドプロセッサの役割を行なわせることにより,1台でフロントエンド,バックエンドの構成をとることもできる.
 VP-2000シリーズは'90年の出荷なので,現在はユーザーがいないわけだが,VPシリーズは国内1位のシェアを持っており,'90年には原子力研究所に最上位機種VP-2600の納入が決まっている. 現在,富士通はVP-2000シリーズの後継機種を開発中といわれている.これは最大4プロセッサ構成のマルチプロセッサマシンで,最大性能は16GFLOPS程度になると伝えられている.しかし,日電のSX-3の性能を超える性能を持たせるまでは発表を見合わせるのではともいわれ、今後の国内のスーパーコンピュータ開発競争は,その処理速度をめぐって熾烈になると予想される.

解説を読むとちょっと前のプロセッサのことを書いているとしてもいいくらいの内容だ。当時のスパコンが今はパソコン降りてきた。

日立 HITAC S-820
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 日立は'82年に,同社の汎用機であるM-280Hを基本としてスーパーコンピュータとしての性能を持たせたS-810/10,20を開発した.これはMシリーズと高い互換性のあるシステムで,S-810/20で最大処理性能630MFLOPSを持つものであった.CRAYX-MPとほぼ同時期,同程度の性能を持つスーパーコンピュータといえる.三角形のインターフェイス部を介してメモリや周辺機器,プロセッサ部を接続する形状は,配線間の距離を短縮することに役立っている.
 S-810シリーズは,従来からMシリーズを導入していた公的機関などを中心にシェアを伸ばした。これはMシリーズとの高い互換性のためソフトウェアや周辺機器がそのまま使用できるという利点によるところが大きかった。実際,SシリーズとMシリーズとの相違はプロセッサ部だけなので,周辺機器やソフトウェアはそのままにしてプロセッサ部のみを置き換えるケースが多い。ソフトウェアはベクトル演算処理用に変更する必要はあるものの、従来の処理業務を継続しながら新しくソフトウェアを開発/変更することができるので,ユーザーにとっては有利だったわけである.
 '87年には,日立は後継機種であるS-820シリーズを開発する.従来の三角形のインターフェイスを中心に放射状に配置される機器構成は廃止されたが,単一のCPUのクロック周期は4ナノ秒まで高めており,最上機種S-820/80では最大処理性能2GFLOPSを持つマシンである.S-810シリーズとの互換性も保っていて,汎用機からの置き換えにも向いているので,S-810と同じく汎用機での通常業務も行なえる。汎用機との互換性を生かして,昼間は通常の業務を行なう汎用機として,夜間には技術計算を行なうスーパーコンピュータとして使用している企業も多い。
 現在のところ,S-820シリーズは最上位機種のモデル80からエントリーマシンのモデル15まで5機種が発売されている.
 全モデルにわたって,オプションのグラフィック出力装置にダイレクトに画像出力する機能を装備しており,計算結果を画像イメージで確認するような処理に向く。スーパーコンピュータの機能を紹介する写真などで流体シミュレーションなどのグラフィック出力をよく見かけるが,スーパーコンピュータの多くは直接画像出力の機能を持っていないので,グラフィックワークステーションを使用している場合が多い.膨大な数値データが出力されるシミュレーションなどでは動画などで出力した場合のほうが結果の確認が容易なので、こういった目的には有用である.

はい出ました「公的機関などを中心にシェアを伸ばした」。これが日米貿易摩擦での不公正だという指摘を受ける商慣行だ。

日電 SX-3
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 日電のスーパーコンピュータ,SXシリーズには,国産初のマルチプロセッサマシンとして'89年初頭の発表時に話題を撒いたSX-3がある.ここではSX-3を中心に,日電のスーパーコンピュータであるSXシリーズを簡単に解説してみよう。
 日電は'83年に同社初のスーパーコンピュータSX-1,SX-2を発表した。これは単一プロセッサ構造のマシンで,パイプラインの本数などの違いによりSX-1で570MFLOPS,SX-2の1.3GFLOPSの最大処理性能を持つ。発表時期は国産メーカーの中では一番遅かったが,SX-2は当時最高速のスーパーコンピュータとして諸外国の耳目を集めた。
 特徴的なのは、他の国産メーカーのスーパーコンピュータが,それぞれの汎用機をベースにして開発されているのに対し,SX-1/2は独自のアーキテクチャにより開発されているところだろう.
 SX-1/2のソフトウェアは,同社の汎用機であるACOSとの互換性の高いSX-OSと呼ばれるオペレーティングシステムを使用しているが,アーキテクチャは独自のもので,ベクトル処理や高速演算の効率を高めている。
 日電は'88年に,SX-1/2を改良したSXAシリーズを発表した.これは従来のSXシリーズの改良型で,主記憶容量を従来の4倍の1Gbytesまで拡張可能となっている.SXAシリーズの特徴として,システムを最大4台まで接続して高速化する機能を持っている。SX-3のマルチプロセッサへの布石ともいえるマシンである.
 現在のところ,SXシリーズは約25台が稼動しており。国内ではマツダ,住友金属,大林組など民間企業と,大阪大学,東北大学などに導入されている.海外では,米国の計算機センターであるHARC(HoustonAreaResearchCenter),オランダ国立航空宇宙技術研究所など3台が稼動している.
 '89年には,日電は国産初のマルチプロセッサマシンであるSX-3を発表した。これはクロック周期2.9ナノ秒のプロセッサを1台から4台の構成で選択でき,最上位モデルで22GFLOPSの最大処理性能を持ち,世界最高速をうたっている.SX-3シリーズでは,プロセッサ1台につきパイプライン処理装置を1~4台,プロセッサも1~4台を選択できる.プロセッサ1台で,パイプライン処理装置1台のモデル11(最大処理性能1.37GFLOPS)からプロセッサ4台で,パイプライン4台のモデル44(22GFLOPS)までの7モデルがある.
 特にプロセッサ1台にベクトルプロセッサ4台のモデル14は最大処理性能5.5GFLOPSと,単一プロセッサのスーパーコンピュータとしても最高速のマシンとなっている.
 SX-3の機器構成は,SX-1/2で使用されていたユニットを放射状に配置して配線間距離を短くとる構成に代わり,1列に並んだプロセッサ部に周辺機器を接続する形状となっている
 ソフトウェアに関しては,SX-3は新たにUNIX System V R3.1に準拠し,4.3BSDの機能を取り入れたSUPER-UXと呼ばれるオペレーティングシステムを搭載している.SUPER-UXはマルチプロセッサを本格的にサポートしていて,並列動作を使用した処理の効率を向上させている.
 また,UNIX環境の利点を生かし,ローカルエリアネットワークを構築し,汎用機やワークステーション,PC-9801シリーズまで接続できる柔軟性の高いシステム構成もセールスポイントとなっているという.


米国製がよいのか日本製がよいのか
 国産スーパーコンピュータの歴史を見ると,各マシンが発表された時点での世界水準の性能を持っていることに驚かされる.しかし,高速処理が目的であるスーパーコンピュータでは,その時点での最高速であることはセールスポイントを考えても当然であり、実際に多くの機種は発表時点での世界最高速を誇ったマシンである.
 また,国産スーパーコンピュータは,ソフトウェア資産がCRAYシリーズに比べて足りない点が指摘されている.特に構造解析の分野では,アプリケーションの量がCRAYシリーズに多く,構造設計に使用することが多い自動車企業がCRAYシリーズを導入しているのもうなずける話のようだ。
 ソフトウェアの質と量を高めるため,国産メーカーはさまざまな努力をはらっており,富士通は昨年、米国にシスラボVPセンタという施設を設立した。これは米国製のソフトウェアの優れたものを,VPシリーズに移植するための施設である.
 いずれにしろ,国産スーパーコンピュータは,ハードウェアの性能面では世界水準に達しているといわれながら,ソフトウェアの面では3~5年遅れているといわれる場合もあり,ソフトウェアの質/量の改善が求められているのである。海外へのスーパーコンピュータの販売力に関しては,日電は米ハネウェル社と仏ブル社,富士通は米アムダール社と西独シーメンス社と提携を結ぶなどして海外市場でのシェア獲得に努めているしかし,'89年11月には,販売不振を理由に米アムダール社が富士通との提携を解消するなど,国産スーパーコンピュータの海外での販売は、あまり順調とはいえないようだ。
 このような状況にありながら,米国の一部では,日本製スーパーコンピュータを米国のマシンによるシェアを荒らすものとして、警戒心を高めていることが伝えられる。1台が数十億円,システム全体では数百億円を超えるという価格もさることながら,スーパーコンピュータはそれ自体が最先端技術の結晶である.米国の技術的優位が急成長の日本製マシンによって揺らいでいることに,苛立ちを感じていることは否定できないだろう.
 今世紀中には100GFLOPSを超えるスーパーコンピュータが開発されるといわれている.それだけの処理速度を実現するには、数々の技術的な問題点があるだろう.しかし,スーパーコンピュータの利用は,今後ますます一般化するとともに,これを用いて設計された製品やサービスの恩恵を地球上のほとんどの人が受けることになるのは明らかだ。このような展望の中で,コンピュータの怪物ともいえるスーパーコンピュータは,技術的な問題点とは別の,奇妙なマイルストーンの前に通りかかっている.
(行正)



コラム記事をスクラップする。
もう1つの日米対決/円周率算出
 スーパーコンピュータに関わる日米対決といえば,経済問題の他に「円周率」の対決がある.ご存じのように、円周率(π:パイ)は円の周囲の長さを,その直径で割った値で3.14159…と続く数字である.しかし,これがどこまで続くのかはいまだに解明されていない。このの値を解明しようとしたのは,アルキメデスから始まってニュートン,日本の関孝和まで,古今東西の人物が名を連ねる.16世紀のオランダの数学者ルドルフは,彼の一生涯をかけて35桁を計算したと伝えられている.π解明は数学者の夢の1つかもしれない.
 さて,今世紀に入りコンピュータが登場するようになってからは,の算出速度は1000桁,10万桁,100万…1億桁と10倍ペースで速くなっている.コンピュータを使ったの計算は,1949年のENIACから始まるのだが,当時,70時間をかけて計算した桁数は2040桁であった。ちなみに現在では,パーソナルコンピュータでさえ,計算時間1秒の間に約1000桁のを算出する(パーソナルコンピュータの場合,1万桁以上になると等比級数的に時間がかかるが…).
 この戦いは近年になって活発になり,新しく開発されたスーパーコンピュータの性能試験にも使われるほどになってきた。米国のCRAY-2で約3000万桁の記録が樹立されると,日本でもHITACS-810/20を使って6700万桁の記録,再び米国ではIBM3090で4億8000万桁が計算された。その後も、日本で5億3687万桁,米国で10億1119万桁,そして日本で1989年11月19日に樹立された,最新記録の10億7374万桁と,まさに日米で戦争が繰り広げられている.なぜこんなに競争するのだろう?元計算の日本の雄、金田康正・東京大学計算機センター助教授は「プログラムがきちんと動くかどうかを確かめる意味もあるが,登山家のように,そこに“があるから計算したくなる.次は15~16億桁に挑みたい」と数学者の意地を見せている.
 計算は,コンピュータの性能アップだけでなく算出アルゴリズムの改良も重要なファクターになる.桁数の競争はマシンの性能,ソフトの対決でもあるわけだ.また,CPU時間をどれだけ独占できるか?という経済的な問題もある.次は何桁の記録が出るのだろうか….

懐かしい。スパコンの能力を示すのに円周率は良く使われていた。新聞記事にもTVニュースにも出ていたように記憶する。
円周率(π)計算の歴史
時期 算出桁数 使用計算機 計算時間 記録保持者
1949年 2040 ENIAC 70時間 米/Reitwiesner
1958年 10000 IBM 704 2時間 米/Genuys
1961年 100265 IBM 7090 9時間 米/Shanks,Wrench
1967年 500000 CDC 6600 28時間 米/Guilloud,Dichampt
1981年 2000040 FACOM M-200 137時間 日/三好
1982年 4194304 HITAC M-208H 2時間 日/田村,金田
1983年 10013400 HITAC S-810/20 24時間 日/後,金田
1986年1月 29360000 CRAY-2 28時間 米/Bailey
1986年9月 67108839 HITAC S-810/20 23時間 日/金田,田村
1987年1月 133554000 NEC SX-2 37時間 日/金田,田村,久保
1988年1月 201326000 HITAC S-820/80 6時間 日/金田,田村
1989年6月 480000000 IBM 3090 ? 米/チュドノフスキ兄弟
1989年7月 536870000 HITAC S-820/80 67時間 日/金田
1989年8月 1011196691 IBM3090 ? 米/チュドノフスキ兄弟
1989年11月 1073740000 HITAC S-820/80 74時間 日/金田


スーパーコンピュータ/ユーザ訪問
 パーソナルコンピュータのユーザーから見れば,スーパーコンピュータは雲の上の存在かもしれない。しかし,最も生活に身近な場面で運用されている例もある.その計算結果としての産物は,天気予報という形で,だれにでもたやすく利用できる.気象の計算は、どのように処理されているのだろうか?天気予報の現場を覗いてみよう。
気象庁 予報部 数値予報課
 新聞やテレビで日常的に見ることのできる天気図.高気圧/低気圧などの勢力分布が等圧線を使って示されている.この天気図の作成は、地球上の各地点の気象データを観測し、その結果を集計することで得られている.しかし,観測によって得られたデータからは,過去の状況しか分からない。計算機が天気予報に導入されるまでは、この過去のデータから未来の気象を予測するのが,予報官の役目であった。もちろん,その頃の予報には「予報官の感と経験」だけが頼りであったわけだ。しかし,計算機導入後の現在は「スーパーコンピュータ」が予報のカナメとなっている.
 日本の気象庁における数値予報計算の流れを見てみよう。気象観測衛星による全地球的な観測データや,飛行機による高高度の大気情報,一般船舶から寄せられる気象データ,地上の定点観測記録,バルーン/ロケット/レーダー/海上ブイによる無人観測など,多面的で大量のデータが観測結果として集められる。それらのデータは,前もって大型コンピュータで解析処理され平均化された後,スーパーコンピュータに注ぎ込まれる(図1).そして,その結果は気象協会を通じして新聞/テレビなどのメディアに送信され、私達の手元に毎日定期的に届くというわけだ。この計算結果は,一般向けの気象協会だけでなく,航空機パイロットのために特に雲の情報を重視した国際航空悪天予想図として,また,自衛隊などにも送信されているという。

▼数値天気予報のデータの流れ
 気象庁で活躍しているスーパーコンピュータは,日立製作所の「HITAC-S810/20K(気象庁バージョン)」である.同庁で,このコンピュータ用に開発した気象解析プログラムを走らせると,実効値として最高計算能力600MFLOPSを発揮する.この数値は,1983年に単純な偏微分方程式の計算で得られた記録である,678MFLOPSの約88%にも達するもので,専用に開発されたプログラムの優秀さを物語っている.
 スーパーコンピュータを用いた実際の計算には,いくつかのモデルが用意されている.代表的なものをあげると,(1)地球全体の気圧配置をシミュレートする「全球モデル」,(2)日本周辺の気圧配置を見る「領域モデル」,(3)赤道付近から日本列島までの間の台風進路を計算する「台風モデル」,(4)範囲数百kmのオーダーで,天災時など必要に応じて結果を算出する「地域モデル」――などである。いずれも地球の大気層を格子状に区切り、各々の格子点の動きを流体力学解析するのである.たとえば,全球モデルの場合,この格子間の距離は水平方向が110~125km間隔,垂直方向には大気の濃い標高30kmまでの高さを21層に分けてある(図2)。この膨大な格子点の情報に加えて,海洋の表面温度/海流速度/大陸の地形データなどが解析プログラムで処理されるわけだ.毎日定刻の午前9時(日本時間)に地球上の数百地点で観測されたデータは,前処理を終えて正午ちょうどにスーパーコンピュータへと入力される.日本周辺の領域モデルの計算結果は午後1時15分に出力され,午後3時にはテレビなどで見ることができるのだ。また,この精度も非常に精密になってきており,観測データからの計算で得られた2日後、3日後の予測値も,実際の観測値と大差ないものとなっている(図3a,b).これらは,日常の処理であり,台風接近時などには前出の台風モデルを使って,格子点間隔40kmの細かいシミュレーションを1時間おきに行なっている.この場合,1回分の結果を算出するまでに,わずか25分を要するだけだという。
 日本と同様にスーパーコンピュータを用いた気象予測は,イギリス,フランス,アメリカなどでも行なわれているというが,全球モデルクラスの計算では,日本がトップの計算精度/速度を誇っている.ちなみに諸外国では,クレイ社のコンピュータを用いているのだが,気象予測に関してはマルチプロセッサのクレイ社マシンに対応するソフト開発が難しく,単ープロセッサで高能力を発する日本製マシンのほうが向いているという。


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▼計算能力が天気予報の限界を決める
 さて,数値天気予報の今後の問題点について述べよう。スーパーコンピュータの計算速度は、正確な天気予報のために重要なファクターである。より細かい間隔で地球表面を分割すれば,さらに精度の高い予測が可能だ。仮に,125kmで分割されている格子間隔を10~20kmにするとしたらどうなるか….3次元の現象を扱う気象予測の場合,コンピュータが扱うデータ数は間隔比率変更の3乗に比例するため、間隔を1/10の約13kmにした場合でもデータ数は現状の1000倍になってしまう.これは,大気データだけでなく,地形の上下データについても同じことがいえる。図4には,日本全土を解析対象にした地域モデルの解析時に使っている地形データ(格子間隔40km)を示した.これでは,北海道の中心に大雪山を表現したとみられる大きな隆起が分かる程度である.このデータレベルでは,非常に狭い地域で発生する集中豪雨などの予測には,とうてい対応できない.気象庁では、この格子間隔を10km単位に設定した予備的実験も行なわれている.格子間隔10kmでは図5のように地形もかなり精密に表現されるのだが,データ数も多くなる。現在運用しているコンピュータの計算速度では,予測対象としてカバーできる範囲が,北海道の広さほどになってしまう。この問題の解決には、より高速処理のできるスーパーコンピュータの導入が必要だという。
 また,気象庁の数値予報の担当者によれば「天気予報の精度は,観測地点数によって左右される」とのことだ。すなわち,人口の多いヨーロッパ地域やアメリカ大陸の観測は頻繁に行なわれているのだが,海洋上やユーラシア/アフリカ大陸での観測件数が少ないために、全球モデルでの正確な予測ができない.低軌道気象衛星などで,人のいない地域の間接データを取ること,これも今後の目標だという.


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最近の天気予報がよく当たるのはコンピュータの進歩によるものだと良く分かる。

スーパーコンピュータ/トピックス
 昨年,1989年はスーパーコンピュータ界が大揺れした年でもあった.政界は,スーパーコンピュータ購入に際しての疑惑でぐらつき,国際経済では,日本製スーパーコンピュータのダンピングを指摘した米国のスーパー301条が適用された.また,スーパーコンピュータメーカーも激動した。スーパーコンピュータの生みの親ともいえる米Control Dete社(CDC)が,4月にスーパーコンピュータ業界から撤退。5月には,トップメーカーのCray Research社がスーパーコンピュータの開発部門を分離,別会社にして開発リスクから逃れた。このため新会社のCray Computer社では,開発費調達に苦しみ,CRAY-3の開発遅れを招いた.
 暗いニュースは,なおも続く.CDCやCray Research社の低迷時に新たに登場した米Evans&Sutherland社は,CPUの並列化で1.6GFLOPSの最高性能を叩き出すマシンを発表した.しかし,発表後わずか4カ月足らずで,同マシンの機能不良が明らかになり,販売を取り止めた。新マシンを1台も販売しないまま,E&S社は事実上スーパーコンピュータ開発を断念したのだ。
 一方,日本では日本電気が世界最高速の計算速度を誇る新マシンSX-3を発表日立製作所も米Cray Research社と技術提携を結ぶなど,スーパーコンピュータ開発力の高さを誇示した.松下電器は大規模な並列処理マシンを開発し,スーパーコンピュータ界に新たな風を吹き込んだ。この並列マシンは,単一で20MFLOPSの計算速度を出すCPUを256個つなげてスーパーコンピュータと同等の能力を発揮するもので、価格も安く設定できるという.しかしながら,もう1つのメーカーである富士通では,国内の公的機関に供給したスーパーコンピュータの大幅な値引きが問題になった.5月,野辺山電波天文台に納入が決まったシステムは,公称価格の6割引き(月額1億5000万円が月額5300万円に)で販売されたという.これでは海外のスーパーコンピュータメーカーが日本市場に食い込めないのも分かる.対日感情を悪化させた富士通は,欧米市場で日本製スーパーコンピュータを扱う米Amdahl社の取り扱いリストから外された.
 ソフトウェアについてはどうだろうか?スーパーコンピュータ用のソフトは,汎用性が著しく低いといわれている.パーソナルコンピュータのように,ソフト/ハードが共に相乗効果を呼んで発展してきたのとはわけが違う.たとえば昨1年,日本の自動車メーカー3社が相次いで米クレイ社のスーパーコンピュータを導入した.一部には,国際経済状況の緩和のためともいわれるが,実はソフトの問題でもある。新型自動車の開発には欠かせない衝突実験のシミュレーションは,現在スーパーコンピュータで行なわせることが多い。そのための構造解析用ソフトは,「PAM-CRASH」というものが有用なのだが,これはクレイ製マシンでしか動作しない.自動車メーカーは,1本の優れたソフトを動かしたいがために約50億円ものハードウェアを買ったのだ.
 業界全体を俯瞰すれば,昨年は「スーパーコンピュータメーカーの淘汰があった年」と言い換えてもよいだろう。従来からのメーカーは生き残り作戦に懸命になり,日本のメーカーは出すぎた釘を打たれた.マシンのほうも,ブレークスルーを起こすようなものは登場せず,シリコン半導体で作られるコンピュータの1つの限界を提示したようであった。代わって,ガリウム砒素素子,光素子,ニュ一ロ素子など,高速演算を実現するための新しい技術開発が活発になった。スーパーコンピュータが,次のステップに進むためには,これらの技術が実用レベルに達するのを待たなければならないのか?
(池田)

なるほどスパコンでの日米貿易摩擦問題はこうだったのか。
SUPER-COMPUTER NNEWS 1989
NEWS
1 米クレイ社,スーパーコンピュータ世界市場の60%以上を把握
2 松下電器・京都大学が20MFLOPSのCPU×256個の並列処理マシンを開発スーパーコンピュータの約1/10の価格で製造が可能
3 日本クレイ,Y-MPの19モデルを発売
4 日本電気が最高処理能力22GFLOPSのSX-3を発表
米CDC,スーパーコンピュータ部門を閉鎖
5 米国通商代表,スーパーコンピュータを対日制裁候補にリストアップ
リクルート事件の捜査が核心へ
米クレイ社,開発部門を分離.クレイ・コンピュータ社を設立
米CDC,クレイ社が生き残りのため技術提携を結び,ネットワークを構築
リクルート事件捜査で中曽根元総理大臣が国会証言
米国スーパー301条を正式発表日本のスーパーコンピュータが対象に
東京工業大学のCDCマシン,27億円の実力の1割しか出せず
米IBMの新型機,スーパーコンピュータ並みの能力を発揮
6 富士通が,6割以上の値引きでスーパーコンピュータを国立天文台に納入
7 米E&S社がスーパーコンピュータ業界に撒退
米クレイ社と日立製作所がスーパーコンピュータの技術提携
9 富士通と日立製作所がスーパーコンピュデータの月額価格を5~35%引き下げ
10 米クレイ社で400人の人員削減
11 米E&S社,スーパーコンピュータから撒退
12 米アムダール社,富士通製スーパーコンピュータを不扱いに
スーパーコンピュータ購買がからむリクルート事件,初公判
リクルート事件とスパコンの関係がいまいち分からないがどす黒いことがあったのだ。

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