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宇宙の旅第5話オカルトの星たち食連星(月刊ASCII 1991年9月号7) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

ASCIIには科学雑誌に載るような記事がある。


第3回パソコンで体験する天文学 宇宙の旅
第5話 オカルトの星たち食連星
 大阪教育大学 助教授
 福江 純


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連星とは
2重星と連星

 夜空を見上げたときに,2つ(あるいはそれ以上)の星が隣り合って見えているものを「2重星」(あるいは「多重星」)と呼んでいる.2重星には,実際に2つの星が近くにあるものと,たまたま視線方向に並んでいるため、見かけ上くっついて見えるが,実際の距離は遠く離れていて物理的に無関係なもの(光学的2重星)も含まれている(図1)。

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 2重星として有名なものに,北斗七星のヒシャクの柄の部分の星,2等星ミザールと4等星アルコルがある.昔は,この2つの星が肉眼で分かれて見えるかどうかを、視力検査に使っていたこともあるという.また,小さな望遠鏡で見て,最も美しいと思うのは,夏の星座はくちょう座のβ星「アルビレオ」だろう.アルビレオははくちょうのくちばしのところにある黄色の3等星と青色の5等星からなる2重星だ.色の対比から,黄色の星が金色に輝いて見える(イラスト1)これらは,見かけの上で2つに見える星たちだ。

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 一方,2つの星の距離が近くて、相手の星と重力的に結びついているもの(すなわち,互いに相手のまわりを回っているもの)を,特に「連星(連星系)」と呼んで、光学的2重星と区別している.
 天文学として面白いのは、万有引力で結び付いた連星のほうである.なぜなら,連星の場合,詳しい観測を行なうことによって,連星を構成している星の質量を正確に計算できるからだ。逆に,単独の星の場合は,その質量を正確に決定することはできない。質量は、天体の物理量の中でも一番基本的なもので,質量を求めるのは非常に重要なことなのだ。
 もっとも、望遠鏡で見たときの美しさは、2重星でも連星でも変わらないのだが…….

連星の種類
 単なる2重星か,連星かは,星を近くから見ないと判別できないのだろうか?もちろん,いちいちそばまで行かなくても,2重星か連星かを知ることはできる。観測的にはつぎの3通りの方法で,連星であることが分かる.
 (1)まず望遠鏡で見たときに,2つの星がはっきり分かれて見える場合.それぞれの星の位置を精密に測定し,天球面上での2つの星の運動(固有運動)を追いかけていくと,お互いのまわりを回っているのが証明されることがある。図2はシリウスAとBの天球面上での動きを示したもので,明らかにお互いのまわりを回っている。このような連星を「実視連星」という.ただし実視連星は,しばしば連星間の距離が大きく(だからこそ望遠鏡で分離して見えるのだが),公転周期も長いことが多いため、数年から数十年も観測を続けなければ,連星であることが検証されないこともある.


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 (2)望遠鏡で2つの星が分離して見えないときはどうするのか? たとえば連星の軌道傾斜角が非常に大きくて,連星の軌道面をほとんど真横から見ているような場合,2つの星がお互いに相手を隠すようなことが起こる(食).そのようなとき2つの星を合わせた全体の明るさの変化を精密に測定していくと,主星の一部が伴星によって隠されたときや、逆に伴星の一部が主星によって隠されたときには,全体の明るさが暗くなる。図3はそのような明るさの変化を、横軸を時間,縦軸を明るさのグラフ上に表わしたもので「光度曲線」と呼ばれる.このような主星と伴星の食現象による変光によって連星であることが判明したものを「食連星」とか「食変光星」と呼ぶ。食連星として有名なものには,ペルセウス座β星のアルゴルがある.

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 (3)また同じく軌道傾斜角が大きい場合には,軌道運動に伴う視線速度の変化によって星から電磁スペクトル中のスペクトル線(星の場合,普通は水素原子によって引き起こされる吸収線)がドップラ偏移(注1)を起こす.すなわち軌道上を手前に近づいたときはスペクトル線の波長が実験室で測定される波長より青いほうに偏移し,逆に遠ざかる場合は赤方偏移する(図4)。天体の電磁スペクトルを解析することを天体分光というが,このようなスペクトル線のドップラー偏移の周期性から連星であることが分かるものを「分光連星」と呼ぶ
 ミザールは,まずアルコルと2重星であり,望遠鏡で分解できる実視連星A,Bからなり,さらにミザールAとミザールBは,それぞれが分光連星という,非常に複雑なシステムなのである.
 しかし,軌道傾斜角が小さい場合は,食も起こさず,ドップラー効果によるスペクトル線の偏移も分かりにくいため,連星かどうかの判別がつかない.その場合,やっぱりそばまで行ってみないことには…….


注1:水面の波や音(音波)で顕著な現象.発信源が近づく場合には、その波長が短く感じられ,逆に,遠ざかる場合には波長が長く感じられる.一番身近な例は,パトカーや救急車が目の前を通過するときにサイレンの音が変わることだろう.光は粒子と波の性質を持つので,その波の性質が生かされてドップラー偏移を起こす.

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 ここでは観測的な分類を紹介したが,連星間の距離(あるいは公転周期の大小)によっても,「遠隔連星」,「近接連星」などの分類ができる。
 遠隔連星は星の半径に比べて連星間距離が大きなもので,連星の星同士は重力的に結びついているが,それぞれの構造や進化は単独星の場合と同じである.一方,近接連星は連星間距離が小さく星の大きさとあまり変わらなくなったものである.近接連星では,潮汐力のために星の構造が球状からずれてきたり,さらには物質やエネルギーの交換が起こって,星の進化さえ単独星の場合とは違ってくる。特に天体の活動とのからみで,近接連星は非常に重要な天体である.
 なお実視連星の多くは遠隔連星であり,分光連星などは近接連星であることが多い。

連星の割合
 恒星のうちで連星をなしているものの割合はどれくらいあるのだろうか?
 たとえば太陽近傍の星で調べてみると,太陽も含め,41個のうち,実に21個もの星が2重あるいは3重の連星になっている。この観測事実を敷延しただけではないが,われわれの銀河系のおよそ2千億の恒星のうち,その半分は,別の恒星と対になって連星を形作っていると考えられている。連星というのは特殊な天体ではなく,銀河でもごくありふれた天体なのである.星を見たら連星と思え!ということだ。

連星の形成
 ではそのような連星は,どのようにして形成されるのだろうか?ひとつの考え方は,星間雲から星が誕生する際に,最初から連星として生まれるのだというものである.星間のガス雲が重力収縮して星が生まれるとき,回転していると,複数の塊に分裂して,最終的に連星あるいは多重連星になるのだろう.最近,赤外線天文学ミリ波天文学(注2)の進展により,星の誕生現場が見えてきた.生まれたばかりの星は,塵に囲まれた強い赤外線源として見えるが,分子雲の中心部に確かに複数の赤外線源が発見されることがあるようだ。

注2:光(可視光)だけを観測手段にしていた過去の天文学とは異なり,可視光以外の電磁波のうち,特に赤外線やそれよりも波長の長いミリ波(電波)を観測対象にした天文学宇宙空間には、多くの暗黒物質(ダスト)があり、これは光(可視光)を通さない。しかし,赤外線より波長の長い電磁波は通るため,そのダストの向こう側(銀河系の中心部など)が観測できる.地球上の大気は観測の邪魔になるため、気球や人工衛星から観測されることが多い.

 すなわちいくつかの誕生現場では実際に連星が生まれつつあるようである。また大型数値シミュレーションによっても,ガス雲の重力収縮の際に連星ができることは確かめられつつある。おそらく大部分の連星は,誕生時に形成されるのだろう.太陽系だって,木星を伴星とする連星と考えられなくはない
 また別の考え方としては,星が別の星の近くを通り過ぎる際に,重力によって捕獲されて連星になるという説もある。太陽系周辺のような銀河円盤部では,星と星の間隔が数光年もあるため,2つの星が連星になれるほど近くを通る可能性はほとんどない。したがって太陽近傍の普通の連星の場合には、この形成メカニズムは向かないと考えられている。しかし宇宙の中でも星の密度が非常に高い場所,たとえば太陽系近傍より1億倍も星の密集している銀河系中心部や球状星団中心部においては話は別だ。星と星は比較的頻繁に遭遇し(毎日とか毎年というほどではないが),場合によっては連星にもなるだろう.最近のX線観測によって,いろいろな球状星団中で,中性子星と普通の星からなる連星がいくつも発見されているが,これらのX線連星は,中性子星が別の星を捕獲してできたのではないかと思われている.


プログラムの実行
 以上述べたような連星について,その運動をシミュレーションしてみよう.
 プログラムをスタートさせると,最初に連星を構成する星の候補が11種類ほど表示される(画面1a).このうち0番から6番は主系列星で,7番から9番はコンパクト星,11番は降着円盤である。まず主系列星だが,これらはO型,B型,A型(血液型ではない),F型,G型,K型,M型という,いわゆるスペクトル型の順に並んでいる.つぎにコンパクト星のうち,7番のDA型は白色矮星で、8番は中性子星,9番はブラックホールの場合である。10番の降着円盤はコンパクト星の周辺に形成される天体である.それぞれの天体に関して,表面温度(絶対温度を単位),質量(太陽質量を単位),半径(太陽半径を単位)など典型的な物理量も表示される.
 このメニューから,連星の2つの星を選択すると,動画面(画面1b)に移り、リターンキーで連星は公転を開始する.動作中では,カーソルキーで軌道傾斜角を変えられ,[S/s]キーで再スタートとなっている.
 なお,連星間距離が小さい近接連星では,実際には星の形は球状ではなくなるが、プログラムでは簡単のために球としてある。同様に降着円盤は厚さの無限に薄い円盤としてある。また星の色は本当の色ではない.これについてはまた触れることもあるだろう.


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連星の仕組み
 2つの星が連星である場合,2つの星はニュートンの万有引力の法則に従って,一般には楕円軌道の「重心」のまわりを描いて運動する.ただし,楕円軌道の計算はややこしいので、ここでは簡単な円軌道の場合で考えていこう。その前に少し,連星の構成を説明する。まず,連星が運動する面を「軌道面(公転面)」といい,公転の軌道面に垂直な方向と視線の方向のなす角を「軌道傾斜角」,連星がお互いのまわりを回る周期を「公転周期」という.さらに,2つの星の間の距離が「連星間距離」であり,それぞれの星の重心からの距離を「軌「道半径」という(図A).
 2重星では明るいほうを「主星」,暗いほうを「伴星」と呼ぶ慣わしだ。また,主星と伴星の質量の比を「質量比」と呼ぶ.連星を構成している星の質量や連星間距離,公転周期などの間には,いくつかの簡単な関係が成り立つ。
 連星間距離をa,星1および星2の軌道半径をそれぞれ a1 , a2 とすれば,
a1 + a2 = a  ⋯⋯ となる。  また,星1および星2の質量をそれぞれ M1 , M2 とすれば,重心に対するテコの原理から,
a1 a2 a1 + a2 = M2 M1 M1 + M2  ⋯⋯ が成り立つ。  したがって比例式を整理すれば,星1および星2の軌道半径は、それぞれの質量や連星間距離を用いて,
a1 = a× M2 M1 + M2 , a2 = a× M1 M1 + M2  ⋯⋯ のように表される。 2の質量の星1の質量に対する比率を質量比
q = M2 / M1 ⋯⋯ とすれば, これらの式は,
  a1 a = q   1+q ,   a2 a = 1   1+q  ⋯⋯ のような式になる。  次に,連星の公転周期Pと連星間距離aの間には,ニュートンの万有引力の法則から,「一般化されたケプラーの第3法則」というものが成り立つ。この法則は、万有引力の定数Gを用いて,
  P2   a3 =   4π2   G ( M1 + M2 )  ⋯⋯ のように表される。 連星の軌道周期や連星間距離が観測から得られれば,この法則を用いて,連星の星の質量(の和)が求まる.さらに,軌道半径の比から質量の比が決まるので,最終的に連星の各星の質量が求められることになる.

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降着円盤
 近接連星では,互いの質量の交換などにより,しばしば激しい活動が生じるが,その主役を演ずるのが「降着円盤」と呼ばれる代物である.
 近接連星,片方の星は普通の星で相手の星が白色矮星や中性子星などいわゆるコンパクト星(ブラックホールも含む)の場合、普通の星とコンパクト星の質量はあまり変わらないので,重力圏の大きさも同じくらいである.ところが,コンパクト星の半径は非常に小さく,その重力圏内はほとんどからっぽの状態にある.相手の星がコンパクト星との重力圏境界まで膨らんでいると、普通の星のガレスは連星系の星の重力圏の境目である「ラグランジュ点」を越えて,コンパクト星の重力圏に流入する.
 流入したガスは,星の自転のためにコンパクト星のまわりに渦巻いて集まり,ガスの円盤を形成することになる.これが降着円盤だ(イラストのオレンジ色の部分).
 円盤とはいっても、円盤投げの円盤やCDのような一枚の板ではない.硬い実体があるわけではなく,ガスでできているのだから,割とふわふわしたものである(と思う)。降着円盤の中では,中心の星からの重力とガスの回転による遠心力がほぼ釣り合っており,長時間円盤状のまま維持される.そして,その回転速度も中心部と円周部では異なり,コーヒーにミルクを入れてかき混ぜたときのように,中心に近いほど速く回っている(CDのような回転を「剛体回転」,降着円盤のような回転を「差動回転」という).
 降着円盤内を回転するガスは,半径が少し違うと回転の角速度が異なり、隣り合ったがス同士でも遅いものと速いものがある,そのため、ガス層の間で摩擦が働き,ガス同士がこすれ合って熱が生まれる。高温になったガスは,ついには強力な光や電波を放射して輝き始め,光学望遠鏡や電波望遠鏡で観測できるようになるのである.光では見えないブラックホールも,その周囲の降着円盤から放射されるX線で見ることができる.
 降着円盤の内部でのエネルギーの流れを見てみれば、以上のことは,中心の天体に対してガスが持っていた重力の位置エネルギーが,摩擦を通して熱エネルギーに変わり,さらに,輻射(光や電波)エネルギーに変わったと考えることができる。すなわち降着円盤は,ガスの重力エネルギーを効率よく光(電波)エネルギーに変える転換炉なのである.


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