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未来コンピュータ(月刊ASCII 1992年4月号7) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

「月刊アスキー創刊15周年記念 特別企画 未来コンピュータ」をスクラップする。
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序文をスクラップする。
 1977年,いまから15年前,AppleComputerの"AppleII”,日本電気の“PC-8001"を代表とするコンピュタの登場と時期を同じくして「月刊アスキー」は誕生した.コンピュータが一部の熱烈なマニアの手を離れ,ようやく,だれにでも使えるモノに生まれ変わろうとしていた.まさに,パーソナルコンピュータの黎明期である.
 その後,現在にいたるまで,パーソナルコンピュータは姿を変え続けてきた.これから先も,そのときどきのユーザーの要求に応えるように変わり続けていくはずだ.5年後,10年後,今のパーソナルコンピュータはどうなっているだろう.
 月刊アスキーでは,過去,創刊1周年の1978年と,それから5年後の1983年にパーソナルコンピュータの未来像を発表している.1978年には現在のラップトップ型のもの(極楽1号)を,1983年には5年後を想定したペン入力可能なノートパッド状のコンピュータ(極楽2号)を予測した.
 1992年6月.今年,アスキーは創刊15周年を迎える.また,今年はPC-9801が生まれてから10年目でもある.
 PC-9801のスペックは,CPUに8086(5MHz),メインメモリ128Kbytesで価格は29万8000円.それから10年後の今,同じ価格で購入できるPC-9801NS/Tは,ノート型にまで小さくなり,液晶ディスプレイがついて,FDDがあり,CPUは386SL(20MHz),メインメモリは10倍以上にまでなっている.
 この姿は,10年前にはとても想像できなかったものだ.しかし、未来のコンピュータを考えるのは楽しい作業でもある。10年後の世界,西暦2002年のパーソナルコンピュータは,どうなっているだろう?
 これからの未来に,パーソナルコンピュータはどうあるべきなのか,人間の友達になれるのだろうか?
もう一度、想像の旅に出かけよう.


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流石に未来コンピュータには現実の技術は追いつけなかった。

編集室からをスクラップする。
'92年度,パソコンはこーなる?
▲最近,香港映画を続けて観ている。その中に必ず出てくるのが「1997年」というキーワードだ。先日まで渋谷のSEEDホールでやっていたマイケル・ホイ特集も例外ではない。ホイ三兄弟が9年ぶりに競演して話題となった「Mr.BOO」のリメイクといわれる「フロントページ」では,サミュエル・ホイ歌うテーマ曲がそもそも「1997年」をテーマにしている。5年後に迫った中国への復帰を、香港の市民は,どのような面持ちで迎えようとしているのか.
 マイケル・ホイ特集は,鴨の燻製屋を舞台にした「ホンコン・フライドムービー」,これは,ちょっと浪花節な香港人情ドラマ,そして,「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」でお馴染みのジョイ・ウォンが登場の「ミスター・ココナッツ」,「フロントページ」は写真週刊誌の編集部を舞台にした,当世香港人気質的な仕上がりになっていた。
 私も好物の鴨の燻製も,香港の田舎からやってきた若者も,そして,ゴシップ中心の香港そのものともいえる写真週刊誌も,5年後には,一体どこに行ってしまうのか誰も知らないのだ。わずか200~300人ほどしか入らないSEEDホールのシートをうめていた半数ほどは,日本人ではなく,日本に住む香港,広東の人たちだったようだ。
▲昨年の秋から暮れにかけて,少々動きがよくなかったパソコン市場だが,それでも、業界全体はニュースにあふれている。「パソコン不況」といわれた'86年,'87年にも,前年比横ばい,マイナス成長となったことがあるが,その時と現在では,状況はあまりに違っている。パーソナルコンピュータの利用は,さまざまな分野で浸透しており,そこから起きてくるニーズが,突然止まることは考えられないからだ.
 しかし、5年先が見えないという点では,香港の市民とまったく同じような立場にいるのが,この業界の人たちの境遇ではないかと思う。次期OS,ワークステーションとの共存環境,ネットワーク,本格的に立ち上がるであろうマルチメディアなどなど.どのように変化していくのか?どのように変えていくことになるのだろう.
(遠藤諭)

 そうだった。まだ香港は返還されていなかった。しかし中国は長期スパンで物事を考えている。流石中国4000年の歴史を持つ国だ。
 5年後のパソコンはWindows95が出て、6年後にはWindows98になった。さらに翌年にはWindows98 Second Editionが出た。私の中ではこれでWindowsは完成したと思っていた。何しろ安定していた。なんの不安もなくDOS窓が使えた。

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