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宇宙の旅第9話ロッシュの世界近接連星の重力圏(月刊ASCII 1991年11月号7) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

「パソコンで体験する天文学 宇宙の旅」の第5回、第9話ロッシュの世界近接連星の重力圏をスクラップする。
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ロッシュの世界近接連星の重力圏
大阪教育大学 助教授 福江 純
双子の惑星「ロシュワールド」

 「ライトセールからちぎれたアルミニウム箔の切れ端は,希薄な大気の中をひらひらと静かな海洋に舞い降りた。そのセールが運んできた無人探測機は,バーナード星の惑星系への接近観測を完了し,いまは恒星間の暗黒へ戻ってゆくところだった。ここで発見した事実についての通報は,六年後に地球に届くことだろう.アルミニウムの超薄膜は,この卵形の惑星を包むアンモニア水の海に浸ると,ひとたまりもなかった.セールは溶解して,苦みを帯びた水酸化アルミニウムに変わったのである.」
 ロバート・L・フォワードという重力物理学者の書いた『ロシュワールド』という傑作SFの冒頭部分である(注1).今から少し未来,バーナード星へ向かった科学調査隊がそこで奇妙な異星人と遭遇、スリルに満ちた冒険をする,というストーリーだ。SFの中のジャンルでいえば,“ファーストコンタクトもの”に属する.

注1 ロバート・L・フォワード(Robert L. Forward)のSFではない実際の計画の中には,ライトセール(光帆船:観測部1トン,帆の面積3.6km2帆の材質は厚み0.00063mmのアルミニウム)をレーザー光線で後押しし、ケンタウルス座のα星に約40年かけて到達させる,というものがある.
 軌道上に静止状態で組み立てられたライトセールは,レーザー光線の光圧により0.036g/sの力を受け続け,ケンタウルス座α星へ到達したときには36000km/sもの速度に達する.推進に使われるレーザー装置は,宇宙空間に建造された7.2trillionW(ワット)を出力するもので,それによって放射されるレーザー光を,これまた宇宙空間に作られた直径1kmのレンズで収束,的になるライトセールにぶつける。ケンタウルス座α星に到達したライトセールは,フライバイ軌道(星の重力を使って方向を変える)をとりながら地球に向けて帰路をとる.その際,メインセールを切り離して軽量化,今度は太陽方向からのレーザー光がブレーキになり,地球軌道帰還時には,ほかの宇宙船で捕捉できるぐらいの速度に減速するという(図).


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 しかし、その背景や道具立てがすごい!水星上空に太陽光を受けて浮かぶ「太陽励起レーザー基地司令センター」や土星軌道と天王星軌道の中間に設置された「レーザー伝送レンズ」に始まり,太陽系内に置かれたこれらのレーザーシステムから発射されるレーザー光に後押しされて恒星間を飛翔する「レーザー推進型宇宙船」<プロメテウス号>,さらに宇宙船に搭載された着陸船地表探査モジュールまでの,科学的に裏付けされたさまざまな小道具,大道具の数々。
 そしてきわめつけが,バーナード星をめぐる双子の惑星,物語の主舞台となるロシュワールドである.
 ロシュワールドは,地球の月くらいの大きさを持つ2つの惑星の世界である。6時間の周期で互いのまわりを回転し,互いの重力によって,どちらの天体も卵形に変形しているという(図1).


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 片方の惑星は,海水に覆われた水惑星で,もう一方は,ふだんはカラカラに乾いた惑星だ。ところが,2つの惑星が非常に接近しているため,ときどき,水惑星から大量の海水が惑星間の間隙を飛び越えて乾いた惑星に降り注ぐ。想像を絶する瀑布になった海水は,気象の大変動を引き起こすのである。これが調査隊に危機をもたらし,謎の異星人がからんで物語はクライマックスへと向かう…….
実在するロシュワールド
近接連星

 さて,フォワードがロシュワールドの舞台に選んだバーナード星は,へびつかい座の方向,地球から約5.9光年の距離に実在する天体である.天文台などで使う恒星カタログでは「BD+4°3561」という無味乾燥な名前なのだが,1916年,E・E・バーナードによって,1年に10.31"もの割合で天空を移動(固有運動)していることが発見され、現在では通称「バーナード星」と呼ばれている.
 バーナード星は,太陽およびケンタウルス座のα星(3重連星)についで,地球に近い恒星であり,固有運動が大きく見えるのもそのためだ。また,全恒星中で最大という固有運動の大きさもさることながら,バーナード星で興味深いのは、この星が木星クラスの巨大な惑星を持っているのではないかと推測されていることである。この未確認の巨大惑星に対し,フォワードは「ガルガンチュア」という名前をつけた。さらに彼は「ロシュワールド」までを創造している.
 本当の宇宙にこのような奇妙な天体が存在するのだろうか?その答は,近接連星にある.
 われわれの銀河系には,およそ1000億の恒星が存在するが,そのうちの半分は,別の恒星と対になって連星を形作っていると考えられている。連星の中には,2つの星がきわめて接近して,お互いのまわりを公転しているものもあり,「近接連星」と呼ばれている.近接連星の典型的なものは,連星間の距離(星の中心から中心までの距離)が太陽の直径くらいで,1日程度の周期で公転している.
 ようするに太陽を2個持ってきて,表面を触れ合わんばかりに接近させ,ぐるぐる回してやればいいのだ。想像できるだろうか?


 そのような近接連星では、2つの恒星の重力や,きわめて速い公転運動に伴う遠心力によって,互いの恒星にいろいろな影響が出てくる.
 まず,もともと2つの星が楕円軌道上を公転していたとしても,しだいに円軌道になってしまう.
同じ原因から,2つの星は,地球と月の関係のように,つねに同じ面を相手に向けるようになる.
 そして,何よりも面白いのは,“丸い”はずの星の形が,強い潮汐力のために,“卵形”に歪んでしまうことだ(注2).

 これらの結果,“卵形”をした2つの星が,尖った部分を相手に向けながら,お互いのまわりを円運動しているような星系ができあがる.フォワードが創造したのは2つの惑星によるロシュワールドだが,実際の宇宙に存在するのは二重の恒星なのだ。


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ロッシュローブ
 近接連星では,どうして星の形が卵形になるのだろうか?そのためにつぎのようなモデル化を行ない考えてみよう.
 恒星はガスからできており,各部分が万有引力で引き合っているのだが,とりあえず星の中心に密度の高い部分があるとして,星の質量の大部分はそこに集中しているとする.
 そうすると,近接連星の星を形作っているガスや星の周囲で星とともに公転している物質に働く力は,地球と月のような2つの天体の周囲で働く力と同じものになる.地球と月の間にも近接連星と同じ力が働いているのだが,距離が離れているため、地球も月も球に近い形のままだ.近接連星はきわめて接近しているため,その作用がもろに現われる特別なケースである.
 さて,このような2天体の間にある物体に作用する力は,図2に示したように,2つの星の中心に向いたそれぞれの星の重力と,公転の中心から外方向に向いた遠心力である.
 星の重力は,それぞれの星に近づくほど星の中心からの距離の2乗に反比例して大きくなる.また,遠心力は公転中心から離れるほど,公転中心からの距離に比例して大きくなる.
 これらのことを考慮して,図3に,2天体の周辺(軌道面内)で働く3つの力の和を矢印で表わしてみた。いわゆるべクトルというやつで,矢印の方向が力の働く向きを表わし、矢印の長さが力の大きさを表わす.


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 これからがチェックポイントである!ガスでできた星の表面は,これらの力の矢印(ベクトル)に必ず垂直になっていなければならない.
 というのも、図4のように,もし,カの方向と星の表面が斜めに交わっているとすれば,星の表面に沿って横方向の力の成分が残ることになり,表面に沿って物体(ガス)が移動するようになる。結局のところ、力の方向と表面が垂直になるように星の表面はならされてしまうわけだ。身近な例でいえば,タライに張った水と同じで、水面は地球の重力の方向と必ず垂直になっている.


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注2 近接して公転する2つの天体が,互いに同じ面を向けるようになるのは「潮汐力」が関係している.互いの重力によって卵形に変形した天体が,もし,公転と同期していない自転をしていたとする。星の卵形の出っ張りのほうが強<相手の星に引かれるため,潮汐力によって自転にはブレーキがかかったり,加速したりする。結局,出っ張りを相手に向けて公転することになってしまう。

 ここで注意してもらいたいのは,表面は,必ずしも力の“大きさ”が等しい場所ではないということだ。力の大きさが等しい点を結んでみても,その曲面上では、力の向きはその曲面に垂直にはならない。

 このような,力の矢印に垂直に交わるように描いた曲線を「等ポテンシャル線」(一般には「等ポテンシャル面」)と呼んでいる.ガスでできた星の表面の形もこの等ポテンシャル面に沿ったものになる。図3の連星周辺では,等ポテンシャル面はどうなっているだろうか?
 図5を見てほしい。まず星1の重心の近くでは,矢印はすべて中心方向を向いていて,矢印に垂直に交わるように引いた線はほぼ円形(球状)になる(等ポテンシャル面(1)).これは星が丸いという普通の状態を意味している.


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 しかし,星1の重心から離れるにしたがい,星2の重力と遠心力のために,等ポテンシャル面の形は“卵形”に歪んでいく((2)).そして,その限界での等ポテンシャル面は,星2の方向に尖った卵形になる((3)).
 これを「臨界ロッシュローブ」と呼んでいる。星1の大きさが十分大きいと,その表面の形は,星2の方向に尖った卵形になる。ここで,ロシュワールドと同じ形状の星が誕生するのである.
 このような,等ポテンシャル面の概念は,地図などに出てくる等高線とよく似たものだ。等高線の密なところは勾配が急で,等ポテンシャル面の密な場所では,そこに働く力が大きいのである。
 また,ロッシュローブの内部では,2つの天体のどちらかの重力が作用するが,外部では,2つの天体の重力は個別には作用しない。ロッシュローブそのものを1つの天体とするような力が働く.
 なお,この等ポテンシャル面のことを天文学では,最初に研究したエドワードロッシュにちなんで「ロッシュポテンシャル」と呼んでいる.

ロシュワールドを造ってみよう(プログラムの実行)
 ロッシュポテンシャルの形をコンピュータの画面上で見てみよう
 本物の連星では,それぞれの星の質量と半径および連星間の距離の指定によって,ロッシュポテンシャルを求めることになる.パラメータをたくさん指定するのもわずらわしいので,連星間の距離は6400km(地球半径)でも70万km(太陽半径)でも、とにかく1としてしまう.
 画面上の長さも,連星間の距離を1と考えることによって,パラメータの入力が1つ減る。同様に,2つの星の質量をばらばらに指定しなくても,「質量比」すなわち重い星に対する軽い星の質量の比[f]を与えればよいように,重いほうの星の質量を1とするわけだ。


 プログラムを実行すると,最初に等高線図を表示するのか透視図を表示するのか聞いてくる.
 どちらかを選択すると,つぎにメッシュの間隔を聞いてくるので,粗いか細かいかを選択する
 最後に質量比[f]を聞いてくるので,(1より小さい)好みの数値を入力する.
 そうすると連星間の距離の3倍×3倍の格子を描く.格子の原点は2つの星が公転する中心点(2個の星の質量の中心すなわち重心)になるようにしてある.続いてロッシュポテンシャルを描き始める。いろいろな天体に対応する質量比を表1に記載しておいた.参考にしてほしい(画面1).


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ラグランジュポイント
太陽と木星,地球と月などのように,2つの天体がお互いのまわりをまわっている連星系では、2つの天体からの重力と公転に伴う遠心力が働く.連星の周囲では,これらの3つの力が釣り合う点が公転軌道面内に必ず5カ所存在し,「ラグランジュ点」と呼ばれている(図A).
 このラグランジュ点のうちの3つは、2つの星を結ぶ軸上にあり,星と星との間の点を第1ラグランジュ点「L1」,質量の小さい天体側を「L2」,質量の大きな天体側を「L3」という.これら3つのラグランジュ点は直線上にあるために,「ラグランジュの直線解」とも呼ばれる.
 残りの2つのラグランジュ点は、2つの星の重心を正三角形の2頂点とする,もうひとつの頂点の位置にある.質量の小さな星の公転方向の前方の点を「L4」,公転軌道の後方を「L5」と呼ぶ.不思議なことに2つの星の質量をどのようにとっても、2つの星の重心とL4(あるいはL5)はつねに正三角形をなす.そのため,L4,L5は「ラグランジュの正三角形解」と呼ばれる.
 正三角形になる理由は,公転に伴う遠心力の大きさが,2つの星の重力と無関係でないためだ。すなわち,2つの星の質量と連星間距離を決めると,ニュートンの万有引力の法則から,公転周期が決まる.この値から各場所での遠心力の強さも定まり,2星を底辺とする正三角形の頂点でのみ遠心力の大きさと方向が,重力を打ち消すのだ.これなどカ学の美しさの表われといえるだろう。
 ところで,ラグランジュの直線解L1,L2,L3はポテンシャルの鞍部(等高線図では峠に対応する場所)なので,L1,L2L3にある物体が,その位置から少しでもずれると,そのずれを増幅するように力が働き、どんどんずれていく。山の峠にあった石ころが,斜面を転がり落ちるのと同じである.小惑星や宇宙船などの物体は,L1,L2L3の近くに長くとどまることはできないのだ。
 一方,それに対して,ラグランジュの正三角形解L4,L5の近くでは,ポテンシャルは平坦(等高線図では山の頂上のような場所)である.物体も,その近傍では安定にとどまることができる.そのため,L4とL5は,連星の周辺では重要な役割を果たす位置になる.
 たとえば,木星軌道上では,木星と太陽を一辺とした正三角形の頂点,すなわち木星から60°離れたところに「トロヤ群」や「ギリシャ群」と呼ばれる小惑星のたまり場がある.これなどは,太陽と木星を連星と見なしたときのL4,L5にみごとに対応している.また、地球と月の関係では,スペースコロニーなどの建設の際にL4,L5は重要である。そこにある物体が,長期間安定な位置を保てるラグランジュ点(L4,L5)は,スペースコロニー建設の最候補地(空間)なのだ.


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