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Windows 3.0(月刊ASCII 1991年9月号6) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

村瀬康治氏のWindows 3.0の解説が提灯記事ではないので好感が持てた。
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傍観は損!MS-DOSアプリこそWin3上で
 Win3は実にありがたい。パソコンを自由奔放に利用できる。またそのことによる一種の安心感は、従来のMS-DOSでは得られない.Win3は「大船に乗ったつもりで…」の「大船」に近い.それも大きいだけでなく柔軟である.「縦横無尽」という形容がWin3マシンの動作にはピッタリかもしれない。単機能で実直なMS-DOSマシンが,Win3によって,各種のアプリケーションを文字どおり「縦横」に操れるようになる。「無機的」なMS-DOSマシンが「有機的」なWindowsマシンに進化するのである.Win3の本質は,「各種アプリケーションの有機的活用を可能にする」
ことにある。この「有機的活用」のありがたさや安心感を経験した人は,もうWin3を手放すことはできない。抽象的ではあるが,とりあえずWin3をこのように表現しておきたい。
 さて,日本におけるWin3はまずPC-9801シリーズ用のものが今年の2月に発売され,予想をはるかに上回る売れ行きが続いている.現在では,主要各社のWin3がほぼ出そろった。登場以来,そのあらましについては,各種の雑誌などで盛んに取り上げられているので,ここでは話を先に進めることにしたい。
 日本より丸1年先行している米国でのWin3人気は絶大であり,驚異的な普及カーブを描きつつ完全に定着した。そのことからもWin3は「好感度」が高く,一般ユーザーに愛される要素を強く持ったOSであることがうかがえる。事実、筆者のまわりを見ても、条件の完備したパソコンシステムにおけるWin3を体験した人は、全員がファンになっている.Win3には、条件の完備したマシンを使うことが重要である。注目しなければならないのは,286マシンや、メモリの足りない386マシンなどで体験した人のほとんど全員が「アンチWindows派」になってしまうことである。両者のWin3には,それほどの差がある。この事実をしっかり認識しておいてほしい。
 日本でのWin3は,米国に1年遅れてスタートしたとはいえ,もはや「新製品紹介」の段階は過ぎ「実用の季節」を迎えている.「Win3対応アプリケーションが出そろうまでは様子を見たほうが...」などの発言は,おそらくWin3をちゃんと体験したことのない人が憶測で言っているに違いない。当を得ていないだけでなく,Win3の本質的な機能を理解していない。従来のMS-DOS用のアプリケーションでも,Win3上で実行することによるメリットはたいへん大きいのである.それだけでもWin3を購入する価値は十分にある。Win3はMS-DOSアプリケーションの実行にも,投資以上の利益を私たちユーザーに与えてくれるWin3によってもたらされる「柔軟で有機的な環境」「大船の安心感」は,どんどん利用しなければ損である.当面,
「パソコンの操作環境,およびMS-DOSアプリケーション活用の基盤(プラットフォーム)としてWindowsを使う」
だけでよい。それだけでも,日常のパソコンワークが実に快適になる.Win3という新しいプラットフォーム上で、従来のMS-DOS用アプリケーションを縦横かつ柔軟に活用できるようになる.それが可能になるWin3のありがたさは,いままでパソコンを有効に活用してきたユーザーであればあるほどよく分かる.Win3とは「アプリケーションを有効かつ効果的に実行するための新しい環境」にほかならないからである(図1).
 ソフトウェアの構造的には,Win3はMS-DOS上の一種のアプリケーションであるが,その機能は「MS-DOS+Windows」で新しい基本ソフトウェア(OS)と見なければならない。386/486マシンと5Mbytesのメモリがあれば,Win3はMS-DOSとは比較にならないほど快適な操作環境と,アプリケーションの実行環境を提供してくれる。とにかくまずWin3をインストールし,各自が日常使っている各種のMS-DOSアプリケーションをWin3上へ移すことから始めてほしい。格段に進化した設備・機能・生活環境が整った「新居」に引っ越すことにより、従来の環境では望めなかったMS- DOSアプリケーションの縦横の活用が可能になる(画面1).


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 記事を読むとWindows3.0はMS-DOS上のメニューソフトの1種でしかない。どうしてそんなに褒めるのか分からない。日本語を使っているとTEXT VRAMがあるからDOSソフトが使い物になるのになぜWindowsでDOSソフトを制御しなければならないのか。MS-DOS上のメニュー切り替えソフトならもっと高速で安定したソフトが欲しかった。Windows3は良く落ちた。Windows 3.1でも良く落ちた。こんなに落ちるソフトを勧めるとはとんでもない。
「「MS-DOS+Windows」で新しい基本ソフトウェア(OS)と見なければならない」何を言っているのだ。WindowsはMS-DOS上のアプリケーションでそれもメニュー形式のアプリケーション切り替えソフトじゃないか。何が新しいOSだ。騙されないぞというか私は騙されなかった。Windowsである必要はなかった。
過渡現象
 いつのときも,何事も、新しい思想や先進的なものが出現したときには「流言飛語」のたぐいが飛び交うものである.10年前にMS-DOSが登場したときもそうであった.一般ユーザーは,MS-DOSに付属の各種のコマンドやユーティリティプログラムを触り,たとえばCOPYコマンドがCP/Mのそれ(PIPコマンド)より貧弱であるといった皮相的なことを取り上げ,MS-DOSそのものを批判していた.またCP/Mプログラマーの中には,MS-DOSのUNIXライクな設計思想や内部機能の応用のしかたを理解せず,的外れな批判をする人も多かった。
 MS-DOSの中身と本当の実力がソフトウェアの開発者に広く理解されるようになったのは,おそらくMS-DOSが登場して4~5年が経過してからだと思う.そのあたりから,ようやくMS-DOSならではの機能を活用した,優れたアプリケーションが登場し始めた。それ以前は,CP/Mの延長線上のような形態の古いアプリケーションが多かった.
 MS-DOSの登場から10年、いま一般のユーザーで,MS-DOSのCOPYコマンドの機能が貧弱だからといって,MS-DOSそのものを批判する人はいない。付属のコマンドやプログラムなど,MS-DOS本来の機能とは関係ないことぐらい分かっている.COPYコマンドで用が足りなければ、別売のたとえば「エコロジー」とか,フリーウェアの「FD」といった強力なツールを使えばよいのである(画面2).
 MS-DOSもWin3も,その評価の最も重要なポイントは,
『それらのOSを利用して,プログラマーがいかに優れたアプリケーションを作成できるか』
ということにある。付属のCOPYコマンドは貧弱でも,エコロジーやFDなどのすぐれたアプリケーションが作成でき,それが活用できる.「基盤」でありさえすればよいのである。つまり、パソコンシステムの総合的な「基盤」としての「器量」こそが問題なのである.
 いま、プログラマーたちは必死でWin3のプログラミングに挑戦している.ソフトメーカーにとって,Win3アプリケーションの開発に遅れることは死活問題になりかねない。その昔,BASICからCP/Mへ,CP/MからMS-DOSへの移行につまずいたソフトメーカーが姿を消していったように.
 さてそのような,10年前にMS-DOSが登場したときと同じような「過渡現象」が、いまWin3でも繰り返されている.私たちは,Win3に関するさまざまな意見の中で,どうでもよい皮相的なことと,Win3の本質にかかわる重要なこととの切り分けが必要である.
 たとえば,Win3に付属のファイルマネージャは,確かに使いやすいとはいえない。そういった意見はどんどんMicrosoftに言うべきである.Microsoft自身もそう思っているかもしれない。ここで大切なことは,ファイルマネージャが使いにくいということと,Win3の本質とは関係ないことである。付属のファイルマネージャなど,MS-DOSでいえば,先ほどから話題にしているCOPYコマンドと同じである.MS-DOSにおいて,ファイル操作に関するより高い機能や操作性を望むユーザーが,エコロジーやFDを使うように,Win3においても,Winエコロジー」とか「WinFD」などといったものを使えばよいのである。ソフトメーカーやフリーウェアから,遠からずそういった「出来のよい」ユーティリティが登場するに違いない。そうなれば,付属のファイルマネージャなどは放り出して,代わりにそれらを組み込めばよいのである(図2)。
 問題にすべきは,「Winエコロジー」や「WinFD」などを作成する際に,それをプログラミングする優秀なプログラマーたちの腕に十分応えられるOSであるかどうかである。そのことは,MS-DOSのエコロジーやFDの例からもすでにお分かりのことと思う.Win3に付属の「おまけアプリケーション」を取り上げてWin3を評価してはならない。付属のアプリケーションなど,極端にいえば「どうでもよい」のである.Win3の評価は,各ソフトメーカーが,それぞれの分野ですばらしい製品を生み出し,それをユーザーが十二分に生かせる「基盤」であるかどうかを問題にしていただきたい。つまり,Win3の基本思想,基本機能,ソフトウェアの開発環境などが優れていれば、結果として私たち一般ユーザーが歓迎する機能や操作性を備えたアプリケーションが生まれ,それを活用できるわけである.
 各ソフトメーカーのプログラマーの技術力も,10年前のMS-DOSへの移行時にくらべて格段に高くなっている.MS-DOSの場合は,その基本思想や基本機能が広く理解されるには3~4年以上を必要としたが(話題にしているエコロジーFDの登場時期もその参考になる),Win3の場合は1~2年でかなりのレベルに達するのではないかと思っている.そうなったときのアプリケーション群を実行するWin3の実力がどれほどすばらしいものであるか,いまから楽しみである.


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だから焦ってWin3を導入する必要はないということだ。アプリが出そろってからでいい。OSを使いたいのではなく、OSで動くソフトウェアを使いたのであるから使いたいアプリが出たらOSを買えばよい。今使っているマシンはたいてい新しいOSにとっては非力であるから、時間をおいてからマシンを用意した方がいい。タイトルを「買うのは今でなく、アプリが出てから」が適当ではないか。
アンチWin3派にならないために「メモリ5Mbytes以上の386/486マシン」が前提条件
386/486マシン
 Win3の実用には,5Mbytes以上のメインメモリを装備した386/486マシンが前提条件である。286マシンは,軽快なMS-DOSマシンとして活用するのが賢明であり,Win3マシンとしては考えないほうがよい。まして今回のテーマである「MS-DOSアプリケーションの実行」など,286マシンのWin3上で行なうメリットはほとんどない.したがって,当記事では286マシンは対象にしていない(図 3).
 ただし286マシンでも、一部の機能や動作に制約があるもののWin3は動作する.そのうえこともあろうに,286マシンにおけるWin3の動作モードは「スタンダードモード」と呼ばれている.さも286マシン上での実行が「Win3の標準的な動作モード」であるかのように錯覚しかねない.ちなみに,386/486マシンにおけるWin3の動作モードは「エンハンスドモード」という.つまり「スタンダードモード」に対して「機能アップモード」なのである.
 しかしWin3の動作モードを,この「スタンダードモード」/「エンハンスドモード」という名前どおりに受け取ってはならない.Win3が登場する以前にも,8086マシンや286マシンに対応した旧バージョンのWindowsが使われてきた歴史がある米国においては(日本ではほとんど使われなかった),新しいWin3を「エンハンスド」と呼んでも成り行き上しかたがない。ところが新時代のWin3は,386/486マシンによってはじめてその真価を発揮する.
 Win3は,386/486マシンを主ターゲットとすることによって過去のWindowsと決別し,生まれ変わった.286マシン上で実行する場合と,386/486マシン上で実行する場合との違いは,単にスピードが速い遅いの問題ではない.メモリ操作に関する重要な部分(それらは,Win3の本質的な機能にかかわっているの動作の仕組みがまるで違うのである。言い換えればWin3は,286CPUでは実現できない386/486CPUならではのメモリ操作機能を有効に利用したからこそ,過去のWindowsとは「まったく別物」といってよいほどの進化を遂げることができたのである.
 たいていの文献には,「Win3は,基本的には,8086/286/386/486の各CPUを持ったパソコンに対応し,その動作モードは,リアルモード,スタンダードモード,386エンハンスドモードがあり…」などと解説されているが,これを真に受けてはならない。8086は問題外としても,
『286マシンでのWin3と,386/486マシンでのWin3とは別物』 と考えていただきたい。先に述べたように,内部の動作がまるで違うのである。そして,その違いの部分こそが,Win3の真価が発揮される部分なのである。


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こうはっきり書いている点が村瀬康治氏に好感を持てる点だ。つまりは、PC-9801VMとかPC-9801VX,PC-9801RX等を使っているユーザはおよびでないということだ。
メモリ5Mbytes以上
 386/486マシンであっても,メインメモリの容量が少なければ「エンハンスドモード」にはならない。たとえばPC-9801シリーズにおいては,640Kbytesのほかに3Mbytesが必要とされている(640×400ドットのディスプレイの場合)640Kbytesのほかに1Mbytesのメモリが標準装備されているマシンの場合は,最低でも4Mbytesの増設メモリを追加する必要があると考えていただきたい.
 386/486マシンの活用には大容量のメインメモリが必要である.386/486CPUの威力は,広大なメモリに複数のプログラムや大量のデータを展開し,それを386/486CPUならではのメモリ操作機能を使って,自由にアクセス(読み/書き)できることから発生する.メモリの少ない386/486マシンでは(つまり,プログラムやデータをメモリ上に用意できないのでは),386/486マシン本来のパワーの出しようがない.386/486マシンに大容量のメインメモリが要求されるのは当然なのである。
 MS-DOSが登場したころの16bitマシンのユーザーメモリは,たいてい128Kbytesが装備されているにすぎなかった。また初期のアプリケーションのほとんどは,その128Kbytes以下で実行できた.しばらくしてアプリケーションが発展し,実行するには256や384Kbytes程度のメモリが必要になってきた。そのときにも,「近頃は384Kbytesものメモリが必要なアプリケーションが増えてきた。むやみにメモリを食うのは問題である」などと言われたものである.いま,MS-DOSマシンは640Kbytesのフルメモリを装備することは常識以前であり,さらに1Mや2MbytesのEMSメモリを装備することも当然のこととなった.またそのことを非難する人もいない.
 いま,Win3のメモリに関しても10年前のそれと同じようなことが言われている。より快適な環境,より高い機能を実現するには,その負荷を賄えるだけのマシンパワーが必要であることは言うまでもない.Win3の重い負荷に耐えられる強力エンジンの条件が「386/486マシンと,640Kbytes+5Mbytes以上のメインメモリ」なのである.

 全くその通りだった。初期のPC-9801はBASICで使うことが前提だったので127Kbytesで良かった。BASICだけでは使いきることができなかったから。メモリ640Kbytesで足りないという時代になったのは一太郎や1-2-3で仕事をするようになってからだ。
動作モードは「エンハンスドモード」が前提条件
 いままでの話は「386/486マシンでのWin3=エンハンスドモード」として述べている。ただし386/486マシンにおいても、必要であれば「リアルモード」や「スタンダードモード」で実行することができる。とはいえ,その必要も過去のWindows用のアプリケーション(IBM PCにはたくさんある)を実行するなどの特別な場合に限られる。結局一般的には,リアルモードやスタンダードモードで実行することはまずない。
 動作モード別のベンチマークテストの記事などにも惑わされてはならない。リアル/スタンダード/エンハンスドモードにおけるベンチマークテストの結果は,全体的にスタンダードモードのほうが少し速い。先ほども述べたように,OSの機能が高度になればなるほど,オーバーヘッド(目的の処理を行なうために付随する処理の部分)は大きくなる。エンハンスドモードとその他のモードとは,同じWin3であっても、動作や機能は「まったく別物」である.より高度な機能を備えたエンハンスドモードが,単純な機能の動作モードにくらべ,いわゆる「ベンチマークテスト」で劣るのは当然といえる(図4).
 だからといって,Win3をリアルモードやスタンダードモードで実行するのはばかげている.ある仕事の高速処理だけが目的ならば,そもそもWin3などを使わずに,MS-DOSマシンのままのほうがよほど速い.Win3対応アプリケーションでなく,MS-DOSアプリケーションでよいのである.先ほどから繰り返しているように,Win3はエンハンスドモードで実行してこそ,パソコン新時代を拓く総合環境を備えたプラットフォームといえる。オーバーヘッドの負荷は,マシンのパワーで補えばよいのである。
 この「OSパワーvs.マシンパワー」の戦いはWin3に始まったわけではなく,図5のように8bitマシンの時代から延々と続いている.
 こういった過去の推移からも,マシンとOSの歴史は「抜きつ抜かれつ」のパワー競争であったことが分かる。このことを考えると,動作モード別のベンチマークテストを行なうこと自体はよいとしても、その結果に大きな意味はないことに気付く。このようなテストが行なわれることは,先ほどから話題にしている「過渡現象」のひとつとして別に悪いことではないが,「高度な機能を実現するには,より多くのパワーを消費する」(つまり,マシンパワーが同じなら処理速度が低下する)という大原則を忘れてはならない.いずれにしてもWin3はエンハンスドモードで実行しなければ,わざわざ利用する意味はない。したがって,当記事におけるWin3は,「エンハンスドモード」での動作を前提にしていることをあらかじめお断わりしておきたい.


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 この辺も同意する。Win3が使いものにならないのではなく、マシンスペックが低いのでWin3が使えないだけだった。CPUだけではなく640×400ドットではあまりにウインドウが狭く使いづらい。Win3でワープロ、表計算をやっていようものなら「なぜそんな貧弱な環境で仕事をしているのか」と責められても仕方がないことだった。
筆者も体験前はWin3懐疑派だった
 昨年の初夏であったか,米国で登場したWin3が爆発的に普及し始めたという噂が聞こえたころ,筆者はときどきアスキーのスタッフから新しいWin3について教えてもらったり,なんだかんだと議論したりしていた。そのころの筆者はWin3について肯定的ではなかった。マルチタスクやスイッチングの機能も,一般的にはそれほど必要かつ有用とは考えていなかった.いま考えれば,要するに最初に述べた「Win3の本質」を理解していなかったのである。自分自身の経験から、頭の中だけや話としては分かっていても,実際に体験してみないことには本当は理解できなかったと言わざるを得ない。
 夏が終わったころ,自分の机の上でもIBM PC用のWin3を東芝J-3100上で動かして遊べるようになった.少しずつWin3の姿が見えてきた。やがて,98用Win3のテストバージョンができあがり,98RA上でも動くようになった。そして常用のMS-DOSアプリケーションであるワープロソフト「新松」,エディタ「MIFES」,通信ソフト「まいと~く」,CADソフト「CANDY4」などをWin3上から実行できるようにした.
 Win3の操作に慣れ,Win3が次第に分かってくると,それらのアプリケーションは常にWin3上で実行するようになっていた。もちろんMS-DOS上での実行は従来どおり可能であるが,それはまったく行なわなくなった。とにかくWin3上で実行するほうが快適であり,さまざまな状況に柔軟に対応できる安心感がある。たとえばワープロ作業をやりかけのままにして通信ソフトを起動してネットにアクセスができる。同様にエディタも使え、ゲームもできる。また逆に通信しながらワープロが使える。こういったWin3の「なんでもこい」といった安心感が実にうれしい.文字どおり「大船に乗れる」のである.
 やっとWin3の真の姿が見えてきた.GUI(グラフィカル・ユーザーインターフェイス)は「脇役」であり,Win3の「主役」は,アプリケーションの実行機能を中心とする「パソコンシステムの有効利用を可能にする環境」であることが分かってきた。そして今年の春,Win3は正式に発売された.
 それ以来筆者は,周りの人を捕まえては,早くWin3に乗り移ることを勧めている。昨年の夏ごろは乗り気でなかったアスキー・ラーニングシステムのWindows三部作の話も,書かなければならない義務感に変わり,すでに『入門MS-Windows』は半年以上かかって書き上げた.8月下旬には店頭に並ぶと思うので,ぜひ手に取って中身を確かめてみてほしい。
 事実,MS-DOS用のアプリケーションを実行するだけでも,Win3によって得られる総合環境は感激ものである.Win3対応アプリケーションであれば,その数倍の御利益がある。これをきっかけに,みなさんもぜひWin3の「大船」に乗り移ることを検討してみてはどうであろうか。次回は,Win3のインストールを実際に行ない,Win3の操作の基本や,MS-DOS用アプリケーションのWin3上での実行などについて具体的に解説する.


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 それはない。Windows 3.1から本格的に使い始めたが、良く落ちた。安定性が悪かった。PageMakerで仕事をしているときは1ページ作るたびに保存していた。またDOS窓も安定してなかった。怖くて使えなかった。1台のマシンで○○をしながら○○をするというにはハードもソフトもまだまだだった。DOSのソフトをWindowsから不安定な状態で動かすなんてとんでもない。WindowsをかませずDOSでやれよと思う。文書はこまめに保存しろよと思う。DOSのソフトが安定してきたからこまめに保存することを怠るようになった人たちがいるということだ。

AV STRASSEにTOWNSのWindowsが紹介されていた。
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640×480ドット,1677万色中256色の表示が特徴のFM TOWNS用MS-Windows
日本語Microsoft Windows V3.0
 富士通からFM TOWNS対応のウィンドウシステム「日本語Microsoft Windows V3.0 L12」が発売された(写真1).
 本誌にはMS-Windowsに関して「Win3 SIG」という連載があるので,MS-Windowsやその上のアプリケーションに興味のある方はそちらをご覧いただくことにして,ここではFM TOWNS版の特徴を挙げてみよう。
 FM TOWNS版は,640×480ドットの画面表示に加え,1677万色中256色を使ったグラフィックスを表示できる(写真2).つまりIBM PCのVGA以上の表示が可能であるため,IBM PC用のアプリケーションを利用する場合でも、画面に同時に表示できるグラフィックスの色数が16色に制限されたり,400ラインしか表示できないためアプリケーションのウィンドウなどが画面の外にはみ出してしまったりというハードウェアによる制限はない.
 また,MS-DOS上のソフトウェアを同時に複数実行できる“386拡張モード”が標準でサポートされているが,これは全モデルが32bitのi386を搭載したFM TOWNSならではといえるだろう.
 日本語Microsoft Windows V3.0 L12を動かすためのハードウェアとしては,メインメモリ2Mbytes以上,ハードディスクに7.5Mbytes以上の空きが必要とされている。実際にインストールして使ってみた感じでは,2Mbytesでは頻繁にディスクアクセスを行なうので、ぜひとも4Mbytes以上のメモリがほしいところだ。拡張RAMに関してはアイ・オー・データ機器のFMTOWNS用2MbytesSIMメモリ「FJ-SIM32-2MA」の価格が4万5000円から2万7000円に改訂されたことでもあり,快適な環境を作るためには予算が許す限りメモリの増設をお勧めする.
 ソフトウェアとしては別売の「日本語MS-DOSV3.1 L31」(1万8000円)が別途必要となる.パッケージはFMRと共通で価格が2万5000円。したがってメインメモリを2Mbytes搭載したFM TOWNSのハードウェアモデルなら計4万3000円あれば最小構成のシステムが構築できるわけだ.FM TOWNSユーザーならMS-Windowsを買わない手はないFM TOWNSの世界が一挙に広がること請け合いだ。


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同意する。FM TOWNSは金はかかるがWindowsがそこそこ使えるマシンだった。PC-9801はTOWNSに劣る。





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